WORLD TOURING 1986/3.3〜1988/9.22の全日程(北アメリカ・中央アメリカ)
↓ 北アメリカ・中央アメリカ 南アメリカヨーロッパ 北アフリカ・ヨーロッパ・中近東・アジアINDEX
※ 旅行中にノートに書き込んだ記録をデータにしました。(随時加筆中)
CANADA → USA→ Canada USAMEXICO Guatemala
1986/2/25
日本からのバイクの発送
バイクで世界一周を計画したのは1984年の夏ころだと思う。計画は走るルートと全ての移動距離を地図上で計り、一日400km走りこととし、旅行日数を割り出し、宿泊費、食事代、ガソリン代、移動用の運送費用などを割り出した。バイクはとりあえず、その時乗っていたSR400、しかしかなり距離を乗っていたので、新車を購入することとした。1985年にSRX400が発売された。候補はSRX400、SR400、GB400、XT400で、もつともコンパクトだったSRX400の現物をみてすぐ購入し国内でならしをして、なれるまで乗った。出発時のメーターは7,060km。登録日は1985年5月16日(1JL-011409)。
ばいくが決まってから詳細な旅行計画を立てて1985年の7月ころからYAMAHAやJAFF、船会社などに関係する機関に問い合わせを始めた。このころ自分はフリーの商業デザイナーだったので、かなり自由に時間を使えた。

運送会社は電話帳で調べ、価格や、個人で荷物を送れるかを一軒一軒問い合わせた。結果、船会社は梱包・通関など全て石川組に委託することにした。
横浜市中区新山下3丁目/石川組。バイクは梱包した状態で書類上、340kg / 2,580立方メートル。 フロントタイヤなどを外し、なるべくコンパクトに梱包するのがベスト。パーツも一緒に送った。自分は1986年3月3日に出発することにした。
通関料/3,700円
検査料/3,000円
梱包料/33,600円
取扱手数料15,000円
運賃/58,777円
合計 114,077円
■北アメリカ・CANADA
3/3 Vancouver
バンクーバー
図
東京から飛行機でバンクーバーに到着。格安航空券は、トロント行きだった。バンクーバーで、降りるのを忘れてトロントまでいってしまうところだった。
空港からは市バスでダウンタウンのYMCAに行った。荷物が重かったし、どのバスに乗ればいいのかわからなかったが、側にいたカナダ人がバス乗り場を教えてくれた。運転手にも、ダウンタウンで降りたいと伝えた。
地図どおりYMCAに到着。シングルルームだったが、トイレと、シャワーは共同だった。フロントのお兄ちゃんが何を言ってるのかよくわからなかったが、ともかく部屋に入った。
後で考えると、ラバトリーがなんたらと言っていた。トイレ・洗面所をラバトリーというのであった。
1986/3/3出発
東京→ バンクーバー

カナダまでの航空券
合計 127,000円
YMCA泊・C$20
3/4 Vancouver
バンクーバー
朝食は、YMCAの一階のカフェテラスで食べた。目玉焼きと、パンとコーヒーでC$2.75、約380円だった。 バイクの到着待ち
YMCA泊・C$20
3/5 Vancouver バイクの到着待ち。する事も無く、街を観光。 YMCA泊・C$20
3/6 Vancouver
バイクの到着、船会社の(シーランドサービス)中の倉庫に税関があった。税関員は一人だった。カルネもあったので、簡単に通関できるかと思ったら、何と通関に失敗。バーンクーバーの税関でカルネが通用しなかった。どうも、カルネに書かれているフランス語が理解できないといっているようである。シーランドサービスには日本語を話せるベティーさん(日系)という女性が働いていて、税関のおじさんの話を通訳してくれた。係のおじさんは、ダウンタウンの税関のオフィスに行けと手紙を書いてくれた。

ダウンタウンのオフィスに行くと、言葉が通じないため、係員が日本語の話せる人を捜し、結局日本領事館に連絡したようだ。日本領事館から青木さんという方が来てくれ、自体の収集を計ってくれた。結局デポジット(保証金)を払い通関。払ったお金は、カナダを出国したら返却されることになっていた。
バイクは2/25に船会社に
持ち込み3/6に到着した。

バンクーバーではカルネが
使えなかった
YMCA泊・C$20
3/7 Vancouver
Vancouver
地下鉄に乗って、シーランドサービスのオフィスに行く。税関のおじさんが心配そうに待っていた。書類を見せると安心したようで、通関手数料の42.42ドルを支払った。バイクは倉庫の前にあり、箱は完全な木箱で、かなり大きかった。倉庫のフォークリフトの運転手が手伝ってくれ、箱をあけ、やっとバイクと対面。

バンクーバーでは北アメリカの車両保険、カナダナンバーが必要だった。国際ナンバーってなんなんだ。ここでは何の役にも立たない。日本でいう陸運局=モータービークルに行き、ナンバーをもらうことになった。モータービークルまでバイクを運ぶためには、最初に仮ナンバーが必要だった。トニーさんという船会社の人が近くのモータービークルまで連れて行ってくれた。23ドル払って仮ナンバーをとった。さらにトニーさんは日系人が働いている、モータービークルを探してくれた。マクドナルドストリートのモータービークルに日本語を話せる人がいるからと教えられた。
仮ナンバーを着けてやっと走り出した。オドメーターは7,060km。途中ガソリンを入れる。5ドルだった。
マクドナルドストリートのモータービークルで働いているミエコさんという女性を訪ねた。ミエコさんはかなりの年配の女性で、日本語も片言だったが、カナダナンバーと保険をもらえた。保険付で244ドル。 結局、国際ナンバーもカルネも使えなかった。この日系の女性に会えたおかげで、税関でバイクにかけられた税金が、不要になった。カルネを持っているのだから当然無税なのだが、バンクーバーではカルネについての知識がなかったのだろう。

手続きが終わったので、日本領事館の青木さんに電話、お礼をして一緒に食事をした。夕方バイクでスタンレーパークを越え、ライオンズゲートブリッジを渡り、ノースバンクーバーから、ダウンタウンを眺める。反対側から見るバンクーバーはとてもきれいだ。
デポジットは 200ドル
通関手数料 42.42ドル
仮ナンバー 23ドル
保険付カナダナンバー 244ドル
合計 509.42 カナダドル

YMCA泊・C$20
メーターは7,060km
3/8 Vancouver しょっぱなから、こんな感じで旅がスタートした。シーランドサービスの方々も、税関のおじさんも、みんなとても親切だった。街を走っているうちに少しずつ右側通行になれてきた。 ルート99
YMCA泊・C$20
オイル2リットル/3.58C$
3/9(日) Vancouver 朝起きて、マクドナルドに朝食を食べに行く。マフィンとスクランブルエッグで0.99ドルと安い。街は日曜日なので完全にお休み。開いているのは、レストランやドラッグストアーなどだ。

※バイクを受け取るために、7万円ぐらいかかったことになる。バイクは、バンクーバーではなく、ロサンゼルスに送った方が良かったのかもしれない。いや、そうすべきだった。

ロサンゼルスでは簡単に通関でき、国際ナンバーもそのまま使えたと、イタリアで出会った楠藤さんが言っていた。
YMCA泊・C$20
ワイヤーロック/6.4C$
■北アメリカ・USA
3/10 Olympia
オリンピア
7,060〜7,600km
いよいよ出発。雨の中、ルート99を走り始める。アメリカとの国境まではあっという間だった。

アメリカ入国時に、アメリカで仕事をしないかだけが問題のようで、しつこく質問されるが荷物検査もない。所持金を全て提示し、英文の旅行計画書をみせてやっと入国できた。車自体は特に問題なし。アメリカに入るとルート5号になる。シアトルを通り、ポートランドを目指す。ハイウェイは3車線で、平均時速100kmぐらいで車が淡々と走っている。ハイウェイでは止まれるところが無く、ガソリンスタンドやレストランは一度ハイウェイから降りる。キャンプ場のサインを見つけ、入って行ったのがKOA。ここのKOAはキャンプとロッジがあり、ロッジに泊った。
コーヒーは一杯45セントぐらい、タバコはマルボロで1.35ドルだった。

これからずっと、こんな風に、YH以外は、行き当たりばったりで宿を決める旅となった。

今は多くの日本人旅行者が持ってるガイドブック「地球の歩き方」も、北アメリカ、ヨーロッパ、インドぐらいしか、発行されていなかったので中南米、アフリカ、中近東などは、ろくな情報を持っていなかった。

ルート5
KOA・US$19.35
バンクーバーから
ルート99、アメリカに入国
R5→Seatl→R5→Portland

3/11 Astoria /アストリア
7,827.9km
アストリア
朝からルート5号を走り途中で雨が降りばじめた、昼頃ポートランドに着いた。シアトルよりややきれいだが、やはり古い街だ。街を周り、さらに先に進む。Astoriaを過ぎたあたりから雨が激しくなって来た。Seasideの街のスーパーの軒先で雨宿り。Canon Beach辺りで、雨あしが強く、かなり寒くなって来たので、ここら辺りで泊まることにした。既に4時をまわっていた。時期外れのモーテルには自分一人しかいなかった。部屋にヒーターがあったので、ブーツやグローブなど濡れたものを乾かす。

※この時期の西海岸沿いは雨が多い。ハイウェイは野ざらしで風が強く、そして寒い。長い時間は走れそうにないので、ハイウェイをさけて、一般道を走ることにした。

バンクーバーからNo99〜USA,No5〜シアトル〜No5〜ポートランド〜No30〜Astoria〜No101〜Canon Beach
Portlandから
ルート30
Astoriaからルート101
Canon Beach
モーテル(雨)・$27.35
3/12 NewPort
ニューポート 8,219km
Beachsideキャンプ
今日も雨の中を走り始める。ルート101を100kmぐらい走ったころ雨が上がった。ニューポートの手前辺りでパトカーに止められ、ヘッドライトを点灯して走るようにと注意された。アメリカでは既にバイクはライト点灯が義務だった。

WaldPortを過ぎYachatsのスーパーで買い物をした。街の手前でキャンプすることにした。今日は、マクドナルドの駐車場でバイクを倒してしまった。

管理人がいない公営のキャンプ場、 多分時期外れだったからなのか…
ルート101

Beachsideキャンプ・$0
3/13 Eureka /ユリーカ
8,680km
ユリーカ付近
今日も雨の中を走り始める。海岸沿いはとてもきれいだが、寒い。昼に名前も分からない街でハンバーガーを食べに入った。デブの姉ちゃんの英語がさっぱり聞き取れない。食べていると若い兄ちゃんが入って来た。ジーンズをだらしなく下げて履き、Tシャツにジャンパー、そして野球帽、いかにもアメリカである。映画に出て来る悪ガキって感じ。

カルフォルニアに入る前に、ゲートがあり、係官にフルーツなどは持っていないか質問された。しばらく走ると杉の大木が茂る国立公園のような所を走り抜ける(Redwood Hwy・レッドウッド国立公園)。ルート101は、カルフォルニアからフリーウェイとなった。
KOA キャンプ場・$11
民営のキャンプ場
オイル1リットル/1.88$
3/14 Petaluma
ペタルーマ 9.060km
朝は8時におきて食事をして、荷物をまとめて出発。今日は天気がいい。サンフランシスコを目指して走る。

このところ1日一食はマクドナルドを食べている。安いし、どこにでもある。夕方手頃なキャンプ場を探すが見つからない、しょうがなくPetalumaのKOAに入った。今日も約400km走ったが5時過ぎにはキャンプ場に入れた。まだ3月だ、夜はさすがに寒い。

※アメリカでは、物を買うと7〜10パーセントの税金がかかる。(つまり消費税)。有料のキャンプ場はどこもきれいで、お湯がでるシャワーがある。今日泊まったところはプールもあり、ホットダブもある。
North Petaluma
KOA キャンプ場・$14.50
3/15 San Francisco
サンフランシスコ 9,175km
サンフランシスコ
昨夜の雨で、ジャンパーが濡れてしまった。乾燥機で乾かして、荷物をまとめて出発する。ルート101をサンフランシスコを目指す。ゴールデンゲートブリッジが見えて来た辺りから激しい雨となる。街に入りぐると回ってみたが、雨が激しく、安宿を探せない。適当なモーテルに入ることにした。高かったがしょうがない。濡れた洋服を脱いで、晴れるのをまって、フィシャーマンズパークに行ってみた。観光客でいっぱいだった。サンフランシスコは坂が多いので有名だが、その勾配が半端じゃない。荷物を置いて、チャイナタウン、日本人街などを走りどこかで何かを食べようと思っていたが、また雨が降り出してきたので、モーテルに戻る。屋台のホットドックを食べておしまい。

ガソリンは1ガロン(3.78リットル)1ドル程度(リッター50〜60円)
ゴールデンゲートブリッジは有料で2ドルだった
ルート101
モーテル(雨)$51.58
3/16(日) San Francisco
9,306km
サンフランシスコ
今日はYHに泊まる予定なので、最初にYHの場所を探し、街の観光に出る。4時頃YHに戻り、チェックイン。食事を買いに出かける。ここのYHは、居心地が悪かったが、安くて、きれいなところだったが、観光地で多くのバックパッカーがここを目指してやってくる。
YHは外国人だけが利用している分けではなく、多くのアメリカ人パックパッカーも集まって来る。まともに、言葉も通じない旅行者相手で、従業員はかなりイラついていた。
ルート1
YH・$8.0
WD40/1.97$
3/17 Jolon /ジョロン 9,719km
SanFrancisco
出発。BAYブリッジを通り、バークレーに行ってみた。ぐるりとバークレイ校の周りを走り、オークランドに、オークランドからサンノゼへ、サンタクレラ辺りで、道に迷い1時間ぐらい迷走。そしてサンタクルーズに到着。サンタクルーズでまた道に迷う。
ルート1を走りMonterey/モントレーに、モントレーのフィッシャーマンズワークで休み、ルート1をずっと南下する予定だったが、途中崖崩れで通れない。引き返し、途中から山道を行く、これがまたすごい所で、よくもまあこんな所に道をつくったなといった感じ。穂高から高山に抜ける街道に似ていた。

たまたまあったキャンプ場でキャンプ。キャンプ場は谷間の小川のそばて、誰もいなかった。水も持っていなかったので、小川の水を飲むことにした。夜おそく車が見回りに来たが何事も無く去って行った。夜中、遠くで雷が鳴り響いていたが、この音が雷でなかったことを翌日理解した。(たぶんPonderosa Campgroundだと思う)
キャンプ場・$0
時期バズレで誰もいない。

オイル交換/2.52$
フィルターの交換
3/18
Point Mugu State Park
ポイント・マグ /10,182km
走り始めて、山を抜けると、広い草原が広がっていた。牛や馬が放し飼いにされている。その草原の中に米軍のキャンプ場があり、何台もの装甲車やジープとすれ違った。このあたりは米軍の演習場の近くだったようで、夜中の雷は砲弾の音だった。つまり演習の音。

草原を抜けルート101に戻るとまたハイウェイだ。今日は天気がよくSan Luis辺りはもう夏のようだ。ガソリンを入れて、ロサンゼルスを目指す。Oxnand(オックスナード)からルート1に入り、今日はここでキャンプ。キャンプ場には数人いる、有料で8ドルらしいが朝にならないと分からない。

スーパーに買い物に行き肉を買う200gのステーキ用牛肉がたったの2ドル。キャンプ場は海岸と反対側の山の奥まったところ。防寒用のつなぎもかなり汚れてきた、どこかで洗濯したい。

キャンプでは、コンロ、コッヘルが必須、夜は真っ暗なのでライトも必要。
ルート101→ルート1
ガソリンは1リットル
50-60円ぐらい

Leo Carrillo State Park
キャンプ場・$0
3/19 Los Angeles
ロサンゼルス 10,367km
昼頃、サンタモニカに到着、YHを探し見つけたが、7月からと言われる。HarborcityのYHに行くことにした。2時頃到着したが、オープンは4時なので、それまでまつように言われる。デニーズに食事に行くことにした。YHで冬物を全部洗濯することにした。

YHは街外れなので、バイクや車、またはバスを利用しないと、来れない。そのためか、日本人は、自分一人だった。日本人旅行者は、バスを乗り継いでまでYHに泊まりにこないのだろう。リトル東京辺りに泊まった方が面白そうだ。
Harborcity
YH・$6.15
3/20 Los Angeles 10,600km ダウンタウン・リトル東京へ

LAのダウンタウンは真ん中に高層ビル街、その周りがスラム化していた。ドーナッツの様な感じで、高速道路は郊外から、ダウンタウンの真ん中に直接アクセスでき、スラム街をバイパスするように出来ていた。リトル東京で食事をする。住所をたよりにYAMAHAの拠点となる北米ヤマハを探したがたどり着けなかった。また道に迷い迷走。ロサンゼルスの街の中だけで200km近く走ってしまった。
YH・$6.15
3/21 Los Angeles 10,770km 北米ヤマハに挨拶に行く

今日も道に迷ったが、YAMAHAにたどり着いた。広い敷地に2階建ての建物が広かっていた。向かい側がナショナル、三菱自動車に三菱電機。大きな看板などは無い。8月頃再び戻ってきて整備をしたいことと、パーツが欲しいことをお願いした。この辺りは日本企業が多数進出しているため日本人も多く住んでいるようだった。地名はオレンジ群だったか??
YH・$6.15
チェーン購入/$36.16
3/22 Yuma /ユマ
11.350kmユマの砂漠
朝9時にYHを出発。ルート1をサンディエゴを目指す。サンディエゴはリゾート地かと思っていたが、街の裏側はスラム化していた。アメリカでは高台に高級住宅があり、低い土地はスラム。スラムのバーの周りに朝から黒人やメキシコ人がたむろしていた。

サンディエゴを出てしばらく行くと山が見えてくる、山と行っても高くはなくすべて岩で出来ている。その岩山にはかなり大きな石がゴロゴロしている。山の上で誰かが砂利を積み上げたかの様に山全体が石で覆われていた。そんな山が50kmぐらい続き、そして砂漠にでる。砂の砂漠ではなくブッシュが生えていた。ずっとずっとハイウェイは一直線で、ただただアクセルを握り続けた。100km以上走るとやっと砂の砂漠になった。そしてやっとユマに着いた。宿を探して走り回っているとき、標識を見逃し車にぶつかりそうになり急ブレーキ、そして転倒、ハンドルにダメージ、少し曲がってしまった。 バイク屋を探して入って行ったら、日本語か通じた。岩国にいた元海兵隊だという。5年間日本にいて、2年前に戻ったという。岩国ではバイク屋でバイトをしていて、レースもやっていたそうだ。ハンドルのことを話したら、パーツが入荷するまで最低一週間はかかると言われ、修正してくれた。

店が終わったら飲みに行こうと誘ってくれたので、飲めないが行ってみることにした。一緒に行ったバーの入り口にはポリスがいた。IDをチェックしていた。中に入ると丸テーブが並んでいて、生バンドが演奏していた。さらに奥に扉があり、その部屋に入るとまさにアメリカのバーといった感じのところだった。カウンターの向こうには女性のウェーターが一人、部屋の隅にはポリスが一人、カウンターの後ろにはビリヤード台が3台。ゲームマシーンが数台。ジュークボックスがあり、ビールやコーラなどは缶とグラスが、つまみは袋入のスナックで、その都度金を払う。彼らが話している事は少ししか分からなかったが、バイクや店の話だった。さらにピザを食いに行こうと誘われたので食べに行った。ピザは直径40cmぐらい、ビールは有に3リットルは入るピッチャーで出てきた。それを4人で食べる。12時頃まで、飲み食いしていた。解散となったが、ユマではもう泊まれる宿は無く、先に進みキャンプ場を探そうと思ったが、見つからない。すでに満員。フリーウェイを降りた辺りで野宿をすることにした。もう既に2時を過ぎていた。
ルート8
野宿・$0
ハンドル修正U$7
3/23(日)Phoenix
フェニックス 11.632km
朝7時に起きた。目の前を車が行き来していた。あわてて出発。フリーウェイ8号を迷いながら走り、昼過ぎにフェニックスに着いた。ともかくモーテルに入り、昨日の転倒後の整備をする。ブーツもグローブもヘルメットも路面に当たったところが激しくすれていた。バイクを整備していて、工具が足りないのに気づく、パーツだけ持ってきて、それを外す工具が無い。なんてこった。 ルート17→ルート89
Sandancer Motel・$23
3/24 Grand Canyon
グランドキャニオン 12.073km
グランドキャニオン
グランドキャニオンを目指しルート17を走る。フラッグスタッフに近づくと周りには森が広がっていた。そして所々に雪が残っていた。夏服なので寒い。この先、まだ雪があるのではと、心配だが先に進む。ルート89を走り、森を抜けるとまた砂漠が広がっていた。しかも、このへんの土は赤い。

cameronからルート64に入ると、そこら辺にインディアンの土産物屋が並んでいた。3時頃グランドキャニオン(グランド・キャニオン国立公園)に到着、その辺を見て回り、YHを探す。既にYHは満員だった。観光案内所に行くと、ロッジやキャンプ場が掲示してあった。一番安い、キャンプビレッジに行くことにした。12km先だった。案内の姉ちゃんに日本語のパンフレットをもらい、場所を教えてもらった。17時頃キャンプビレッジ着いた。日が沈むと、とても寒い。夕日を見に再びグランドキャニオンにいった。ともかく雄大な景色だ。
ルート40
キャンプ場・$10.50
3/25 Gullup /ギャラップ 12.492km 朝起きると、霜が降りていた。キャンプ場の下のマクドナルドで、食事。コーヒーを頼んだのに、コーラが出てくる。発音が悪いのかコーヒーがなかなか通じない。グランドキャニオンからルート64、ルート180を通ってフラッグスタッフ。そこからルート40をニューメキシコ州を目指す。150kmぐらい走るとまた、暖かくなり、そして砂漠が広がっていた。 KOA キャンプ場・$13.97
3/26 Tucmcari
トゥクムケアリ 13.003km
ニューメキシコ州に入ると、テンガロンハットを被った男達に会う。ジーンズに、白かチェックのシャツ、ブーツ、飾りの着いたベルト、バンダナと映画を見ているようだ。まさにテキサスだ。現実なんだな。 KOAキャンプ場・$0
3/27 El Reno /エル・リノ 13.521km テキサスは広い平野で、畑と牧場がずっと見渡す限り広がっている。荒れた土地も無くきれいに整備され美しい。

キャンプ場にはいつもたくさんのキャンピングカーがやってくる。多くは年寄りで仕事をリタイヤした人と思われる。残りの人生をキャンピングカーで全米を回る旅をしているようだ。KOA(エル・リノ・ウェスト KOA ジャーニー)には、キャンピングカー用の水道と、電気が整備されている。もちろんテレビ用のアンテナ用のプラグもある。決して安くはないためか、多くの人は夜遅く、ひつそりとキャンプ場にやって来て、朝早く出かけていく。つまり金を払わないで利用しているのだ。ここはオクラホマシティの郊外の街といったところ。
KOA キャンプ場・$9.5
3/28 Dallas /ダラス 14.102km
ダラス
ルート40を走りオクラホマシティへ、街は小さくわりと奇麗だ。ダウンタウンには大きなビルが並び、そしてその周りはスラム化している。ドーナッツ化。ドーナッツを食べてダラスに向かう。

今夜はモーテルに泊まるしかなさそうだ。宿を探してまた街の中を迷走。毎度のことだ、あてがある分けではないので、宿探しはいつもこんな感じ。たまたま見つけたMotel6に入った。たぶん今まで利用したモーテルで一番安いと思う。
荷物をおろし、ダウンタウンを見に行く、標識を見逃して、一方通行を入ってしまったら、速攻でパトカーが飛んできた。国際免許と保険証書を見せたら、注意されただけですんだ。夜も更け、今夜はデニーズで食事。 あめりかで買ったしーるどはもう傷だらけ、やっぱり3ドルだけのことはある。
Motel 6・$22.68
3/29 Belton /ベルトン
14.422km
フォーとワークス
朝10時に出発。ダラスのすぐ隣の街、フォートワースに行く。むかしのままのテキサスの街といった感じだろうか、もてと奇麗な街で、ストックヤードには19世紀後半の街並みが残っている。 ルート30〜ルート35W
KOA キャンプ場・$5

オイル・フィルター交換
ブレーキパットR交換
オイル/$3.18
3/30(日) San Antonio
サンアントニオ 14.682km
サンアントニオ
ルート35Wを南に向かう。昼頃サンアントニオに到着。YHを探すが分からず、アラモに戻り観光局で地図をもらう。アラモを見て歩く。砦は街の中心にあり、ちょっとした博物館があった。走り回っているうちに偶然YHを見つけた。ラッキー。 ルート10
YH・$ 8.25
ゴムバンド2本/$4.18
3/31 Houston
ヒューストン 15.095km
今日は朝から曇っていた。カッパを着て走り始める。とちゅうで昼食、ハンバーグ、野菜、ポテトとコーン、カスタードクリームがついて5ドル弱だった。
2時ころヒューストンに着く。
大きな街を目指すのは、あまり意味があることとは思えなくなってきた。ダウンタウンは結局オフィス街でしかないしのだから。
YHを探すが分からず、またキャンプ。
キャンプ場はフリーウェイの前にあったが静かだ。夜は、バイクの整備。チェーンを張り、バルブの調整、タイヤの空気圧の調整。よるはデニーズで食事。その前に露店がでていてスイカを売っていた。
キャンプ場・$12
4/1 New Orleans
ニューオリンズ 15,715km
ルート10をニューオリンズに向かう。朝はヒューストンを通過したが渋滞で混んでいた、通勤時間帯はどこの大都市もこんな感じなのだろう。昼頃ルイジアナ州に入る。まわりはずっと森が広がっていた。このあたりは湿地帯が続いているらしくハイウェイは川というか水の上を走っている。いくつかの橋を通ったが、日本では見たことの無い三角形の橋があった(多分Lake CharlesのWestlake Bridge)。斜面をのぼり、そして三角形の頂点から下る。17時過ぎ、ニューオリンズに着き、YHを探6時頃到着。 YH・$8
4/2 New OrleansNew Orleans 観光に出かけ、遊覧船に乗ってみたが、ミシシッピー川はそれほどではなかった。フレンチクォーターにも行ってみた。ニューオリンズは、自分が思っていた街とは違い、近代的なビルや大きなホテルとフレンチクォーターという古い町並みの一角が混ざり合った、アメリカではよく見る街だった。ただ、パーボンストリートは一つ一つのバー全てに入ってみたくなるほどの雰囲気で、ずっと昔からこの場所でこのままといったたたずまいだ。YHは古い家をそのまま利用した感じで、天井が高くドアが大きくニューオリンズ歴史を感じさせる建物だった。 YH・$8
4/3 New Orleansニューオリンズ 今日は、午前中バイクの整備。昼はオフィス街のサンドウィッチ屋に食べいく。3.25ドルだったが、フランスパン半分ぐらいに野菜、ハム、チーズがぎっしり詰まっていてボリュー満点だった。
だいぶ疲れが溜まっているのか、午後はYHでボッートしていた。
YH・$8
プラグの交換
4/ 4 グリーンポイント付近(?)16,355km 9時にニューオリンズを出発。パナマシティを目指す。ルイジアナを抜け、フロリダ州に入るとすぐに観光案内所があったので、地図をもらいに入った、オレンジジュースをもらった。パナマシティには4時頃着いた。そしてYH探し。結局見つからなかった。地図があってもたどり着けないのに、住所だけではやっぱり探せない。

マクドナルドで夕食を食べて、先に進むことにした。この辺りは、海と湖が複雑に入り組んで長い橋がいくつも掛かっている。まっすぐな道路をつくるためにそうしたのだろうか。夜もすっかり暮れ、メキシコビーチを過ぎたあたりで、少し休もうと脇道にはいった。それがまずかった、わりと深い砂だと思ったらもう転倒していた。ぼうぜんと立ちすくむ。空を見れば真っ暗な夜空に無数の星の輝きが美しい。荷物を一つずつバイクから降ろし、やっと起こせた。砂地から出て、荷物を積み直し、走り始めた。走り始めると、もう夢を見ているようだった。まさにライダースハイ。彼方に光の束が見え、5分もすると何台かの車がすれ違って行く。どこを走っているかも分からないが、片側は海のようだ。どうやらグリーンポイントにはいったようだ。道沿いに現れたキャンプ場に入った。アパラチョコラ(Apalachicola)の手前辺り。
キャンプ場・$7.35
4/5 Daytona Beach
ディトナビーチ 16,821km
ディトナビーチを目指して、出発。ルート90から27、20、100、そしルート1を通ってデイトナビーチに着いた。YHはメインストリート沿いで車が走り回り、うるさいところだった。古いホテルをYHにしたところで部屋は2人部屋だった。ニューオリンズのYHで会った日本人の学生とまた一緒になったので、夜は肉を買いに行き食べた。料理をしたら部屋中、煙だらけになった。外は夜遅くまで大騒ぎしてだ。海で騒ぐ若者達。あれ、日本も同じだ。 YH・$9.45
4/6(日) Miami /マイアミ 17,334km ルート1を走り、マイアミを目指す。かなりの距離を走り、やっとマイアミに着いた。また、YH探し。探しても見つからない。しょうがなく警察官に聞いてみたら、なんと、ここはマイアミではなかった。ここから、さらに42マイルあると言われた。もう既に7時を過ぎている。必死で走り9時過ぎにマイアミに到着。めちゃくちゃ汚いところだった。何棟もの五階建てくらいの同じ作りのアパート並んでいる。その一棟がYHだった。この建物から一本通りを隔てたところにホテルが並んでいた。ホテルのベランダに白髪の老人がずらりと並んで座っていた。暗闇に浮かんでいたその光景が不気味だった。疲れた。シャワーを浴びてすぐ寝た。 YH・$8.0 最低のYH
4/7 Key West
キーウェスト 17,652km
9時過ぎにマイアミを出発。マイアミからターンパイクを通って、キーウェストの島へ渡る橋の入口にさしかかった。キーウェストまでは約180km、ブルー、グリーン、エメラルドと表現できないほど海が奇麗だ。島と島を結ぶいくつもの橋を渡りキーウェストに着いた。15時にはYHにたどり着いたが、オフィスが開くのが17時なので、島を一周してみた。そして、見つけたバイク屋でヘルメットのシールドを買い、ガソリンをいれて戻ってきた。キーウェストには1週間滞在し、バイクのメンテナンスをして、体を休めることにした。もうキーウェストはシーズンオフになるそうで、長く暑い夏は観光客が少なくなるそうだ。

ディトナビーチやマイアミに行く価値はなさそうだが、キーウェストはいいところだった。
YH・$8.0
シールド/$3.5
4/8 Key West 足りなかった工具、モンキーレンチを買いに出かける。昼頃戻ってビーチに行き泳ぐ。午後は洗濯をして、バイクのメンテナンス。昼は日差しが強く、なにもしたくない。ここのYHには自分以外に二人の日本人が泊まっている、外国人のバックパッカーの多くは、レストランなどでバイトをしている。ここで働き、その金でまた旅行をする。

※今もここで買ったモンキーレンチを使っている。
YH・$8.0
モンキー/$21.49
4/9 Key West 特に何もしない。ダウンタウンをぶらつきダラダラと1日をすごす。昨夜、イタリア人が金とバスポートを失くしたらしい。ドロボーではないかとみんなが言っている。 YH・$8.0
4/10 Key West ニューオリンズのYHで会った日本人とまた、再会、彼と食事に行く。また、街をぶらつき戻ってみると、日本人の女の子3人組がいた。

バイク屋でオイル・フィルターの交換、工賃は12ドル(約2000円)
YH・$8.0
オイル交換/$16.50
4/11 Key West 郵便局に手紙を出しに行ったり、洗濯したり、ビーチに泳ぎに行ったりして、1日が過ぎて行く。これから進むルートを確認する、後15日くらいでアメリカを出国し、カナダに入る予定。そろそろここのYHにも飽きてきた。 YH・$ 8.0
4/12 Key West
17,687km
今日もダラダラと1日を過ごす。夜このYHに泊まっている外国人がバイトしているメキシコ料理店にドイツ人と三人で食事に行く。さらにまた日本人の女の子が増えていた。夜はみんなで騒ぎまくる YH・$8.0
4/13(日) Key West 朝食を食べに出かけて、戻るとまた日本人が一人増えていた。これで全部て7人になった。みんな、ここを目指してやってくるのだ。 YH・$8.0
4/14 Clewiston
クルーイストン 18,103km
朝9時に起きて、荷物をまとめて、出発。マイアミを過ぎてまた、道に迷った。うろうろしていると、前を走っていた車が急ブレーキ、止まれたのだがフロントが流れて転倒。後ろの車の女性が笑っていた。レバーとチェンジペダルが曲がってしまった。
ルート27を先に進み、Lake Okeechobe(オキチョービー)湖畔でキャンプ。ここでKOAの会員になるようすすめられた。今まで知らなかったが「キャンプ場のKOA」の会員になると割引があるらしい。 とりあえず4ドル払って会員になった。 この辺りは、地平線の向こうまで何も無い草原が広がっていた。
KOA キャンプ場・$13,23
4/15 Yolee /ユーリー 18,685km
Augustin
暑くて目が覚めた。キャンプ場の主人にコーヒーをごちそうになり、9時30分ころ出発。オーランドを目指す。ここには泊まらずさらに先に進み、St. Augustin/セントオーガスチンに着いた。スペイン風の美しい街並。なぜこんな街がアメリカにあるのか不思議だ。街のなかをぐるっと回り、さらにJacksonville/ジャクソンビルに向かった。ここで食事をした。シー フードのおすすめを食べたのだがまずい。フライばかりで全然食べられない。ジャクソンビルからさらに進みキャンプ場のサインを見つけ、キャンプ。もう7時半を過ぎていた。 フロリダの道沿いにはずっとオレンジ畑が続いていて、いい匂いがする。 YH・$6.3
4/16 Brunswick
ブランズウィック 18,806km
BrunswickのYH
かなり、北上してきたせいか、寒くなってきた。風も強くあまり走りたくなかったので、ブランズウィック/Brunswickでマクドナルドに入り、先に進むか悩んだ。とりあえず、街の観光案内所でYHの場所を聞き、12時ころYHに着いた。森の中のバンガローで、誰もいない。とりあえずトイレ。トイレから出てくると、なんと、ニューオーリンズ、マイアミ、キーウェストで会った、ドイツ人とまた会った。荷物を適当な部屋にいれ、とりあえずバイクの整備をする。このところ何度も転けたので、バランスが崩れて走りにくい。その後スーパーに買い物に行き、戻ってくると、管理人らしき人が戻っていた。一泊の予定だったが、TC10ドルでおつりが無いらしいので、二泊することにした。このところ泊まってばかりあまり移動してない。 YH・$5.0
4/17 Brunswick 19,086km
サバンナ
8時に起きる。ここにいてもしょうがないので、サバンナ/Savannahに行ってみた。とても古い街でレンガ作りの建物が奇麗に残されていた。YHには16時頃戻った。既にドイツ人は出発していて、YHの管理人二人と全部で三人だけの、寂しい夜だ。森の中はシーンと静まりかえり、鶏やアヒル、クジャクの羽音しか聞こえてこない。

※小説「真夜中のサバナ」の舞台で、映画は数年後に日本で見た。
ルート95
YH・$5.0

TOP
4/18 Athens /アセンズ ルート95をチャールストンに向かうが、寒くて、風も強いので、Atensに向かうことにした。 Atensまでは時間がかかりそうだ。街の手前でバイクの調子が悪くなり、焼き付いた感じで、 エンジンが止まる。オイルがかなり減っている。まだエンジンがかかるのでゆっくり走って YHに着いたのは19時を過ぎていた。ここは、普通の家の一部屋をYHとしている、ホームホステルというところだった。YHには誰もいないかったが、かってに部屋に入って荷物をおろした。夜家族が帰ってきた。三人家族だった。

※荷物が重かったのと、毎日約400kmをほぼ時速100kmで移動できので、エンジンへの負担がかなり大きかったのかもしれない。田舎のホームホステルなどは、のんびりしているので、バイクの整備にうってつけ。
※ホームホステルとは一軒家のひと部屋を宿として提供する、日本の民宿の様な感じ。
軽い焼き付き
YH・$4,0
ホームホステル
4/19 Athens 19,688km 朝から、バイクの整備、シリンダーヘッドを外してみる。ピストンは問題かったが、ロッカーアームにやや焼き付いた後があった。どうやら、オイルが異常に少なかったようだ。ヘッドガスケットを交換して、組み直す。もう歩けないほど、腰が痛い。昨日も転けたのでひどくなったようだ。15時過ぎには終わり、オイルを買いに行く。もうジーパンが油汚れなんかでドロドロだ、どこかで洗濯しないと。
オイルを購入$3.01、 シリンダーガスケットの交換、 オイルプラス1リットル
ルート85→280→75
YH・$4,0
ホームホステル
オイルを購入$3.01
シリンダーガスケットの交換
4/20(日) Opelika
オペライカ 20,066km
朝食食べて、9時半に出発。もう既に一ヶ月もアメリカを走っているのに、北と南、西と東というハイウェイの仕組みが呑み込めていない。今日は天気が悪く、途中から雨が降り始めた。カッパを着ないでやり過ごした。アトランタに着くが、街をぐるっと走り回り、先に進むことにした。予定ではナッシュビルに行くつもりだったが、アラバマ州に入って、とりあえずメンフィスを目指した。途中のOpelikaで寒さに耐えかねてモーテルで泊まることにした。その後、雨が降り始めた。今夜はデニーズで食事をする。 Motel 6・$17,8
4/21 Hickory Flat
ヒッコリー・フラット
20,513km
トラックストップ
朝8時に起きて、食事をして出発。バーミンガムを目指すが、また道に迷い、1時間ロス。ルート280を走るが、寒くて、しょうがなく、ショッピングセンターで止まり、つなぎを出して着ることにした。さらにメンフィスを目指して走る。ハイウェイのトラックストップで食事。次のインターでキャンプ場のサインを見つけたのでキャンプへ向かう。ハイウェイからはかなり離れていた。ここは家族でやっているようで、大きな農場の一角に自宅があり、その庭をキャンプ場としてかしている。自分以外誰もいない。夜、外で食事をした後ノートを付けていたら、キャンプ場の主人が来て、豆のスープみたいな物を置いて行った。味が無く、まずい。子供の頃、ローハイドとかで、見た感じのた料理だ。皿を返しに行くと、今度は鳥の足をくれた。残念だがまずくて食べられなかった。 キャンプ場・$6
4/22 Ozora 21,008km 朝9時に出発。メンフィスに着いたが、あまり興味をそそられない。ナッシュビルに行くのはやめて、セントルイスを目指すことにした。ルート55はともかく寒く、長い時間走っていられない。レストエリアごとに止まるのだが、全然暖まらない。しょうがなくモーテルに入り、冬物を出して着替えることにした。モーテルはダブルベットが二つにバスがあった。レストランもあり、食事はバイキング形式だった。5ドルで腹一杯食べた。
今日はアメリカで使っていた、ロードマクナリーの地図を失くしてしまった。いめろいろ情報を書き込んであったのに残念だ。
Motel・$23.26
4/23 St. Louis
セントルイス 21,144km
St. Louis
9時半に出発。冬服に着替えたので、今日は少し暑いくらいだ。11時過ぎにセントルイスに着いた。YHに入り、ダウンタウンに観光に出かける。ここも古い街で、レンガ作りの街並がが広がっていて、なんかいい感じの街だ。ショッピングセンターのようなモールに入ってみた。ゲートウェイアーチにも昇ってみた(1.5ドル)。 YH・$7,75
ゲートウェイ・ アーチ
(1.5ドル)
4/24 St. Louis
21,154km
St. Louis
朝起きて、朝食を探しに外に出た。車でサンドウィッチを売っていたので買ってきた。9時過ぎに、バスでダウンタウンに観光に行った。街を歩き回り、久しぶりに中華料理屋で食事をする。YHの近くでスーパーを探していると、本当の市場を見つけた。魚と野菜を買ってきて料理することにした。魚はタラのような感じだったが、うまくなかった。

セントルイスは歩き回るのにちょうどいい感じの広さだ。古いビルが多く残っているというよりも、残してあるのだろう。見て歩いて楽しい。アメリカは巨大な消費国家とイメージだが、何でもかんでも新しいもに変えて消費して行くのは日本なのかもしれない。
YH・$7,75
4/25 Hannibal /ハンニバル 21,369km
Hannibal
9時に出発。ルート70・79をミシシッピー沿いのハンニバルに向かう。この街にはYHはなく、モーテルに泊まることになる。11時過ぎに到着。荷物を置いてマークトゥインミュージアムに行く。その後昼食。食事はインゲンとトウモロコシを煮た物と、ライスの上に鳥と野菜のごった煮をのせた物、イモとパンとコーラで3.5ドルだった。

マークトゥインミュージアムは小さくて、隣にトムソーヤの家があり、向かいにはベッキーの家があるほんの一角だけがマークトゥインの世界だ。マークトゥインケーブにも行ってみた。洞窟はインディアン・ジョーが隠れていた所。案内のお姉さんが、物語を少しだけ話してくれる。中に入ったのは大人6人と子供2人。

モーテルに戻り、オイル交換をする。そして、また冬服をしまう。
モーテルにはテレビがあり、今夜は、デズニーチャンネルを見た。
ルート36
Motel・$27.05
オイル交換
4/26 St Joseph から4km
21,838
朝、バイクを倒してしまった。一度倒すと、なかなか起こせない。結局人に手伝ってもらった。ルート36から35とカンサスシティに向かう。14時過ぎに街に着く。YHを見つけたが、古いビルで、しかもXXホテルとなっていた。過去の不快な記憶が甦る。泊まるのをやめ、街をぐるっと回り、先に進む。オマハに向かう途中でキャンプ。老夫婦がやっているキャンプ場で、強い風の中、チェーンの調整や洗車をする。カンサスシティはセントルイスのような感じだったが、なんかとり残されたような印象の街だった。 キャンプ場・$4
4/27(日) DesMoines
デモイン 22,278km
朝8時に起きる。遠くで雷が鳴っている。テントをたたんで出発の準備をしていたら、目の前まで、雷が迫ってきた。そして雨が降り始めた。カッパを着て、出発。豪雨だったが、オマハあたりでやみ始めてきた。食事をしてルート80をシカゴを目指すことにした。夜20時過ぎ、キャンプ場に入った。雨に濡れたので、着ていた物は全部洗濯することにした。アメリカは便利だ、とりあえずKOAキャンプ場に入れば、売店も、ランドリーもある。
今夜は激しい雨と風で、テントが飛ばされそうだった。
KOA キャンプ場・$8.89

KOA キャンプ場には洗濯機があるところが多い。
4/28 Cora Lvile
コーラルビル 22,498km
朝4時に雨と風で目が覚める。外に出て、木の枝を拾い、テントを固定するペグ代わりに使う。そして、シュラフにくるまるが、濡れていて暖まらない。でもそのうち寝てしまった。9時頃目が覚めた。めちゃくちゃ寒い。雨はさほどでもない。冬服を着て、カッパを着て出発。
またしても、寒さに耐えかねてモーテルに入る。激しい雨で濡れた、 テント・シュラフなど全広げてて乾かす。
それにしても寒い。荷物が増えたが、冬服をたくさん持ってきて正解。今まで、持ってきた物でよく使うのは、キャンプ用のストーブ(これは米軍仕様で通常のレギュラーガソリンを燃料として使えるもの)、コッヘル、ローソク、シュラフ、テントなど。持ってくれば良かったと思うのは、ヘルメットのシールド、スタッフバッグ、ビニール袋、シュラフマットの大きいもの懐中電灯は不要で、そのかわりランタンがあったら良かった。

夕食は外に出て、トラックストップで食べた。
ルート88→55
Motel 6・$21,49
ゴムバンド2本/$4.18
4/29 Chicago /シカゴ 22,893km このところ朝は、走り始めてすぐマクドナルドで食事。ルート88をシカゴを目指す。午後4時過ぎにシカゴに到着。久しぶりの大都会だ。YHはLOYORAユニバーシティーのそばにある。いままで泊まったYHの中で一番奇麗なところだった。観光シーズではないのだろう、客はとても少ない。 YH・$8.75
4/30 Chicago
Chicago
今日はあまり天気がよくないが、観光に出る。CATに乗ってダウンタウンに出て、ウォーキングツアーに参加する。シカゴの街中の建築物を歩いて見て回るツアーだ。女性のガイドがビルについて説明してくれるのだがさっぱり分からなかった。2時間で解散。シアーズタワーに昇ってみた。ここからの眺めはなかなかのものだった。ダウンタウンはCTAやバスが通っているので、歩いている人も多い。道路は混んでいて、車を止めるところもなさそうだ。ダウンタウンを囲んでループという高架鉄道が走っている。ビルの合間を縫うように走る。街から見るミシガン湖はほとんど海という感じ。夜19時過ぎにYHに戻った。 ↓YH・$8.75
ウォーキングツアー、
4ドル
シアーズタワー、3ドル
5/1 Chicago
Chicago
ダウンタウンに観光に出かける。バスツアーに乗るつもりだったが、バス会社が住所のところに無かった。観光局に向かう途中、ボートツアーの時間にぴったりだったので、ボートツアーに参加。ミシガン湖を北に向かい、湖から街を見るツアー。 YH・$8.75、
5/2 ChicagoChicago 9時過ぎに、バイク屋を探しに出かける。ウェスタンアベニューをダウンタウンに向けて走り、チャンピオンサイクルセンターでタイヤを交換する。タイヤは95ドル(ダンロップツーリング)、工賃は40ドル。1ドルが100円ぐらいなのだが、持っていたお金は1ドル180円前後だったので、とても高く感じる。シールドを買って、ダウンタウンの美術館に行き、その後スーパーで買い物。一度YHに戻り、再びスーパーに買い物に行く、何となくシカゴは物価が高いように感じる。

バイク屋でリアタイヤの交換、 タイヤ95ドル、 工賃40ドル、 合計142.66ドル
シールドを購入/$9.62
YH・$8.75
美術館に4.50ドル
5/3 Chicago
Chicago
10時にまた、観光に出かける。ジャクソンパークの産業博物館に行く。ここはとても広く、歩いて見て回るだけで、かなり疲れる。14時過ぎまでここにいた。ダウンタウンに戻り、デパートで食事。日本人の観光客も多かった。 YH・$8.75
産業博物館
5/4(日) ChicagoChicago 9時過ぎに、観光に出かける。フィード博物館は世界有数の規模というだけあって見応えがある。見て回るのに3時間以上かかった。水族館はださかった。プラネタリウムはそれなりに楽しかった。へとへとになって17時過ぎにYHに戻った。YHでこれからのルートを確認していると突然、カナダ人が入ってきた。カナダナンバーのSRXを見て入ってきたようだ。いろいろ話をするが、完全には分からなかった。ビクトリアからCB900で来たとのことだった。

シカゴの美術館のある地区は、公園になっていて、家族連れがたくさん集まり日光浴をしていた。何となく、上野のような所だった。
YH・$8.75
フィード博物館
シェド水族館
プラネタリウム
5/5 Batesrille /ベイツビル 23,546km 9時過ぎに出発。 インディアナポリスを目指すがまた道に迷った。16時過ぎにインディアナポリスに着いた。さらにシンシナティを目指し先に進む。夜20時過ぎにキャンプ場に入る。今日はひたすら走っただけ。 キャンプ場・$6
5/6 Tar Hollow S.P.
ター・ホロー・ステート・パーク 23,862km
9時過ぎに出発。 シンシナティに行く。街は古く奇麗なところだ。道路沿いの標識にシティーツアーと書かれた物があり、それをたどって走ると、街の見所を見て回れるようになっていた。バイクの調子がややおかしい。スーパーでオイルを買って。キャンプ場を探す。リアホイルまわりから、走り始めにカタンカタンと音がする。チェーンのオイルが飛び、シャリシャリいってる。山の中のキャンプ場を見つける。キャンプ場では馬に乗った人たちが公園の中をのんびりと走っていた。すぐバイクの整備。リアホイルを外してみると、ドリブンスプロケットのダンパーがへたっていた。とりあえずそのまま組んだ。20時過ぎまでかかった。夜は真っ暗。今夜は水も、何も無い。小川の水でコーヒーを入れ、パンとビーフジャンキーで食事。
※この後、このゴムのダンパーがヘタリ何度もなんどもメンテナンスする。
ルート50
キャンプ・$0
オイル交換/$4.12
5/7
Augusta /オーガスタ 24,402km
昨夜雨が降ったので、テントが濡れていた。10時頃出発。ルート50をワシントンを目指して走る。山間の小さな街を次々と超えて行く。とてものどかだ。広々とした農場や畑が広がり、遠くにポッンと農家がみえる。さらに進むと道は今までと違い、ワインディンロードとなる。フロントブレーキをかけるとフロントが振られ、押さえているのがやっとだったので、とても緊張した。ワインチェスターを目指すが、もう少しで雨。レストランで食事すませたころには20時を過ぎていた。走り始めてすぐにキャンプ場のサインを見つけた。サインに従って脇道に入る。大きな農場にたどり着いた。敷地がキャンプ場になってた。家には誰もいない。途方に暮れていたら、12歳前後の子供がトラックを運転してこっちに向かってくる。今日はここでキャンプ。もちろん誰もいない。カエルのこえがうるさく、野うさぎが周りを走り回っている。家のまりには薪がつんである。今日は街灯の下でキャンプ。 キャンプ場・$3
5/8 Washington
ワシントン
9時に出発、3時過ぎにワシントンに到着。YHのオフィスでチェックインして、17時半にオフィスに集まり、YHにみんなで移動。夜は、YHに来た日本人4人と外人5人でリンカーン記念公園の夜景を見に行く。 YH・$10
5/9 Washington 朝マクドナルドで食事。その後日本人3人でワシントンの美術館めぐりに出かける。 YH・$10
スミソニアン美術館
5/10 Washington 24,624km 朝食を食べて、また日本人3人でアーリントン墓地、ペンタゴンを見に行く。戻ってきて洗濯。二人の日本人とニューヨークで待ち合わせ、一緒に観光することになった。 YH・$10、
5/11(日) New York
ニューヨークニューヨーク
朝食食べて、11時頃、ニューヨークを目指す。また、道に迷い、ニュージャージーの端までいってしまった。 トンネルをくぐってマンハッタン島に渡り、待ち合わせ場所のワシントン広場に到着。無事二人と巡り会い、20時ころチェックイン。駐車場を探すが見つからない。しょうがなくホテルの前の歩道に駐めておくことにした。 ホテル・$20.65
5/12 New York 朝から、ニューヨーク観光に出かける。
エンパアイステートビル、マジソンスクゥエアなど
ホテル・$20
5/13 New York
朝から、ニューヨーク観光に出かける。
世界貿易センター、自由の女神、ウォール街、チャイナタウン、ソーホー
ホテル・$20
5/14 New York 朝から、ニューヨーク観光に出かける。
セントラルパーク、ダコタアパート、ロックフェラーセンター、 カーネキホール
ホテル・$20
5/15 New Yorkニューヨーク 朝から、ニューヨーク観光に出かける。
近代美術館、ハーレムツアー、ライブハウス
ホテル・$20
5/16 New York 朝から、ニューヨーク観光に出かける。ニューヨークエクスペリメンス、五番街など。 この後も、ニューヨーク一緒だったTさんとボストンに向かうことにした。

※ワシントンスクエア近くの安ホテルに日本人三人で泊まった。バイクは歩道に鎖で固定して置いた。毎日駐車違反の切符がたまって行った。
ルート95
ホテル・$25
5/17 Boston /ボストン 25,120kmボストン 朝10時頃、ボストンに向けて移動。途中雨が降ったが、小降りだった。4時半頃ボストンのYHに到着。食事にいき、戻って洗濯。 YH・$11
5/18(日) Bostonボストン 朝起きると喉が痛かった、風邪か。ボストン美術館にいくが、多くの作品が貸し出されていて、見たかったものが何も無かった。コモン広場でツアーバスに乗るが体調が悪く、そのままじっとしていた。
バイクに積んであった空気入れとジャッキーを盗まれる。初めて盗難にあった。こんな物、盗られないと思っていたが、なんでも盗む。
YH・$8.5
5/19 Syracuse
シラキュース 25,490kmSyracuse
8時半頃、バッファローを目指して出発。体調が悪く、走っていても、眠気がする。SyracuseのYHに到着。間もなく激しく雨が降ってきた。19時半頃、TさんがYHにやって来た。Tさんとは、行き先が同じだったので、いけるところまで一緒に旅をすることになった。彼はバスで移動し、YHで落ち合い、一緒に観光に出かけた。 YH・$6
ホームホステル
CANADA
5/20 Niagara Falls
ナイアガラ 26,288km
ナイアガラ
8時過ぎ、雨の中をナイアガラに向かう。バッファローの手前で激しい雨。3時過ぎにナイアガラフォールのアメリカ側の端の入り口で、Tさんとうまく、合流。カナダに入国し、橋の近くのモーテルに入った。夜滝を見に行く。風邪で体調が悪い。カナダで風邪薬を買って飲む Motel・C$15
5/21 ナイアガラ 朝9時過ぎに起きて銀行に行き両替米ドルからカナダドルへ。また、ナイアガラ観光に出かける。船で滝壺に、その後トンネルに入る ↓Motel・C$15
5/22 ナイアガラNiagara 11時に起きる。朝食を食べにいくが、体調がいまいち。モーテルに戻りバイクの整備。チェーンを交換し、リアのダンパーの調整をする。17時ころ食事をして荷物の整理。 Motel・C$15
チェーンの交換
リアのダンパーの調整を
5/23 Toronto/トロント 9時過ぎに出発。Tさんは7時にバスでトロントに向かった。トロントまでは120kmぐらい。途中でまた激しい雨。トロントには11時半頃着いた。待ち合わせのバスターミナルで合流、食事をして、YHに向かう。チェックインは出来なかったが、荷物を預かってくれたので、荷物を置いて観光に出かける。トロントはかなり大きな街でファッショナブルで奇麗な街だった。活気があり中国人が多かった。風邪が良くならない、なにせ移動のたびに雨だ。16時ころチェックイン。少し寝る。 ↓YH・C$9
5/24 Toronto 風邪で体調が悪い。昼近くCNタワーにいってみた。6ドル出して上に登った。ぶらぶらと街を歩き回り、夕方YHに戻り、ぼーっとしている。
YH・C$9
CNタワー、6ドル
5/25(日) Montreal
モントリオール
今日は久しぶりの快晴だ。マクドナルドで食事をして、モントリオールに向かうことにした。11時半頃出発、モントリオールまで約600kmある。遠いがいいペースで走れた。夕方6時頃にはYHに着いた。普通に走って1時間で100km走れる。モントリオールはフランス語圏であまり英語が通じない。1米ドルは1.34カナダドルぐらいだ。 ↓YH・C$8
5/26 Montreal
26,961km
朝9時に起き、食事を手、モントリオールのオールドタウンに観光に行く。帰りに盗まれた、ジャッキーと空気入れを買う。YHで オイル交換・フィルターの交換。夕食は日本レストランに行き、天ぷらを食べた14ドルだった。夜、YHのサロンでタバコを吸っていたら、メキシコ人に話しかけられ、話をしているうちにカナダ人の女性が話に入ってきた。結局1過ぎまで話をしていた。カナダに入ってから、バイクでツーリングする人たちによくすれ違う。そんな季節になったのだろうか。 YH・C$8
空気入/8.95C$
ジャッキー/17.95C$
オイル3リットル/5.95C$
5/27 Ottawa /オタワ 10時過ぎに出発。オタワにいくことにした。200kmぐらいなので近い。今日はやたらに暑い。Tさんとは、オタワのYHで落ち合うことにした。YHには3時頃着いた。目の前のイートンに食事に出かける、ここでジーンズも買う。ここのユースは元刑務所で、鉄の扉などもそのまま。8時過ぎに食事に出かけたが、もう街はひっそりとしていた。ここはカナダの首都なので、制服の人が多い。国防本部や、国会議事堂などがある。今日は彼方の学校の旅行だったようで、子供達がたくさん泊まっていた。 ↓ YH・C$9
5/28 Ottawa
27,165km
今日ももう一泊することにする。子供達が移動したので静かだ。昼からバスツアーにのり、街を見て歩く。久しぶりに髪をきりにいった。4時ころ戻りバイクの整備、安いチェーンを使っているので、すぐのびてしまう。16時過ぎ、また別の子供の集団がやって来た。今夜も騒がしい。 YH・C$9
5/29 Fairbank PK(?)27,714km 10時にYHを出る。Tさんとは、ここでお別れ。今日も暑くナショナルパークキャンプ場に入る。もう21時半なのに外は明るい。周りは誰もいなく静かだ。ハエや蚊が多い。チェーンが伸びてもうタルタルだ。 キャンプ・C$0
5/30 Lake Superior
レイク・スーペリア州立公園 28,218km
10時過ぎに出発。昨日と打って変わって、やや寒い。ルート17を北上する。周りは、森と、無数の湖。その中をひたすら走る。日本を出発前に直した前歯が外れた。ガムと一緒に外れてしまった。Wawaの街までまだ20kmある。もう夕方6時。レストランで食事をして、外に出ると雲行きが怪しい。隣のモーテルに入ることにした。チェックインしたとたんに雷と、激しい雨。かなり北の方に来たため、雨が降るとかなり寒い。 Motel・C$32
5/31 Terrace Bay 10時に出発。少し走って朝食。Wawa(ワワ)に着いたので、歯医者を探すが、土曜日なので休みだった。Terrace Bayに向かう途中、パトカーに捕まる。またヘッドライトだ。罰金は53.75カナダドル。3時過ぎにTerrace Bayに到着。雲行きが怪しいと思っていたら、雨が降ってきた。今日もモーテルに入った。歯は瞬間接着でくっつけてしまった。 Motel・C$31,5
6/1(日)Terrace Bay
28,798km
9時半に起き、ルート17をTerrace Bayを目指す。寒いので距離が伸びない。3時頃YHに着く。食事を食べに行くが、まずいハンバーガーを食べてしまった。6時ころ、モントリオールから二人の旅行者がやって来た。一人はバイクで、もう人のはヒッチハイクだった。夜になりまた一人やって来た。平屋の小さなYHの一部屋に4人は珍しい。いままでこの規模のYHではいつも一人だった。外でタバコを吸っていたら、近所の女の子が寄ってきた。日本のお金を見せてというので、1000円札を見せた。欲しそうだったがあげない。その一人の10歳ぐらいの子が持っていた、カナダの1ドルコインが珍しかった。 YH・C$11
6/2 Dryden /ドライデン29,171km 10時頃、出発。マクドナルドで食事をしてウィニペグを目指す。途中ダートがあってバイクがドロドロ。3時頃Drydenに到着。雨が降りそうなので、モーテルに入った。ここからまた時間が1時間戻る。外はいつまでも明るい。 Motel・C$26.25
6/3 Winnipeg
ウィニペグ 29,606km
9時に起きて、食事をして出発。今日は昨日より暖かい。毎日気温が変化して、体力の消耗が激しい。3時頃Winnipegに到着。広い街だが、何も無い。5時にYHにチェックイン。小さいけど奇麗なYHだ。 北の方は寒かったが、ここまでくるとまた暑くなってきた
お金を節約して安いチェーンを買ったがすぐのびてしまう。やっぱりシールチェーンが必要。
オイルの減りが早い、300kmで1リットルも減っている。ロサンゼルスでオーバーホールしないと先には進めそうも無い。今日安いアウトドアショップをみつけたので、ザックカバーとかを買う。
YH・C$7
オイル2リットル/5.0C$
6/4 Winnipeg 朝8時半に起きて、バイク屋を探すが、見つからない。ツーリストオフィスでバイク屋を教えてもらい、地図をもらい、 チェーンとオイルを買いに行く。ダウンタウンで食事をし、買い物をしてYHに戻り、チェーン交換。間違えて104コマで切ってしまいチェーン1本63ドル無駄にしてしまった。また買いに行く。今日は失敗ばかり、チェーンの交換は8時過ぎに終わった。まだ整備したいところがあるが今日はこれまでとした。

チェーンの交換/127.20C$、 オイル3リットル/7.37C$、 ドラブ&ドリブンスプロケットの交換、 工具箱/11.96C$、WD40/2.46C$
YH・C$7
チェーンの交換
オイル
スプロケットのFR交換
6/5 Brandon
ブランドン 29,850km
10時に出発。途中マクドナルドで食事。Brandonを目指し、昼過ぎに到着。YHを見つけたけど既に廃墟だった。しょうがなくモーテルに入り、バイクのキャリアになりそうな物を探し、いろいろ買い物をしてしまう。夕方からバイクのメンテナンス。10時過ぎまでかかってしまう。それから、荷物の整理をして、風呂に入ったら2時を回っていた。 Motel・C$37.10
プラグ交換
オイル3リットル/5.94C$
6/6 Regina /レジャイナ
30,213km
11時に出発。天気がよかったけど、途中から雨になり、寒くなってきた。4時半にReginaに到着。しかし時間は3時半だった。どうもタイムラインで時間を区切っているのではなく、州によって決めているようだ。この辺りは大平原だ。YHは中流家庭の住宅と思われるたたずまいだった。このところろくな食事をしていないので、体調が悪い。 ↓YH・C$8

TOP
6/7 Regina 朝9時過ぎ、外に出て公園を歩くが広すぎて歩き疲れてしまう。公園からショッピングモールにいってみた。モールにはビックベイやイートンズ、シアーズなどカナダでおなじみの店が入っている。4時過ぎにYHに戻るとモントリオールとTerrace Bayで一緒になったバイク野郎がやって来た。住んでいるのはモントリオールなので、英語は苦手なようだ。 YH・C$8
6/8(日) Prince Albert
プリンス・アルバート NP/30,723km
9時半頃出発。今日は暖かく快適だ、サクセションを目指す。1時頃、YWCAのYHに到着、YWCAなので、女性ばかりだ。時間もあることだし、ナショナルパークを目指す。6自前に到着。パーク内に入るには、お金が必要、さらにキャンプ場もお金がかかる。パークのなかには、別荘やホテル、ゴルフ場など様々な施設が揃っている。湖の周りの自然レジャーランドみたいな感じだ。 キャンプ場・C$11
オイル交換
6/9 La Ronge
ラ・ロンジュ 30,906km
朝9時過ぎに起きる。湖の周りのデリで食事。ルート2を走り、La Rongeに1時過ぎに着く。市民センターみたいなところがYHになっていた。そのカフェテリアで食事をして、街に出るが、まもなく雨が降ってきた。とりあえずYHに戻る。湖畔から水上飛行機が飛んで行くのが見える。釣りか、ハンティングにいくのだろう。乗れるのか確かめに事務所みたいなところに入ってみたが、ツアーらしき物は無かった。今日は早く寝ることにした。 YH・C$10.5
6/10 La Ronge 朝9時過ぎに観光に出る。銀行で両替して、80kmぐらい北上してみた。30kmを過ぎた辺りから道はダートになった、ダートを走り写真をとって帰ってきた。バイク屋のようなボート屋さんにちょっとよって話をしてみた。コーヒーをごちそうになり、そばに日本人がやってるバーガー屋があるとか、タウンタウンには中華料理やがあるとか話していた。2軒ともいってみた。バーガー屋は日系人だった。中華料理はまずくて食べれなかった。この辺りは先住民が多く住んでいて、ダウンタウンなどにすることも無くたむろしていた。 YH・C$10.5
6/11 North Battleford
ノース・バトルフォード 31,552km
朝、出発の時バイクを倒してしまう。今日1日の不幸の始まりか。La Rongeからルート2をプリンスアルバートまで戻り、ルート3から40へと進むが、この辺りはカナダの大平原が広がっていて、風が強くなかなか進まない。やっとNorth Battlefordに着くが寂れた街だった。今日泊まる宿の載ったリストを風で飛ばしてしまった。風が強く寒くてだるい。一番まともなモーテルに入った。モーテルは高くて狭くて良くなかった。向かいの雑貨店で、ボルトを買い、バイクのキャリアのボルトを交換する。そして、モーテルのレストランに食事に行き、本日のスペシャルを食べた。これが悪かった。部屋に戻り、寒気と頭痛がするので、すぐにベットに入って寝た。そして、2時間後、気持ちが悪くで目か覚め、激しい下痢、そして嘔吐。こうして最悪の1日が終了。 Motel・C$34
エアフィルターの交換
6/12 Edomonton
エドモントン 31,937km
朝9時過ぎに出発。ルート16をエドモントンを目指した。途中マクドナルドで食事。またバイクを倒してしまう。荷物が重く、バランスが悪くすぐ倒れてしまう。そしてただただ走り続ける。寒いのでカッパを着て着膨れ気味。YHに着いて、荷物を部屋に入れる時に、またバイクを倒してしまう。昨日から三度目、さすがにめげる。

この辺りは大平原で風か強いと身を隠すとろも無く、ひたすら風に耐えて走る。木がほとんどなく、たまに見える家の周りに生えているぐらいだ。止まれるのは路肩と、ガススタンドだけだ。

※SRXはサイドスタンドだけなので、荷物の重さに耐えかね、スタンドが地面にめり込んだりして、倒れてしまう。そのうち対策しよう。
※実際に旅をしてみないと分からないことばかりだ。
YH・C$7.75
クラッチレバーの交換
6/13 Edomonton 9時過ぎから、外に出てバイク屋を探す。キャリアをずっと探しているのだが、なかなかいいものが無い。街をぶらついて5時過ぎ食事をしてYHに戻るとモントリオールのバイク野郎が来ていた。夕方からバイク整備をして今日は終しまい。 YH・C$7.75
バイクの整備
6/14 Edomonton 9時過ぎに起きて、食事をして、モントリオールのバイク野郎が教えてくれた、ウェストエドモント・ショッピングセンターにいってみた。 波のあるプール、スケートリンク、小川などがあり驚くばかり。仕事上アメリカの郊外型ショッピングセンターのことは知っていたが、これほどとは思わなかった。3時頃までここにいた。帰りにまたバイク屋によって見た。結局手頃なキャリアは見つからない。結論としてアタッシュケースのような、箱を買い、荷物を盗難からまもるしかなさそうだ。 YH・C$7.75
6/15(日) Jasper
ジャスパー国立公園
32,447km
10時過ぎに出発、Jasperを目指す。ポッポッと雨の振る中、カッパを着て走り始めまもなく激しい雨となる。ブーツカバーとグロープカバーを付ける。エドソン辺りでさらに激しく降ってきたが、ジャスパーに近づくにつれ晴れて来た。3時過ぎに到着。まだ雪が残っている美しい山々を見ながら、食事。YHに5時過ぎに入った。 YH・C$6
6/16 Baunf
バンフ国立公園 32,781km
氷河
7時に起きて食事をし、9時に出発。ゴンドラに乗りウスラー山に登る。ジャスパーからマウント・エディスケーブに行き、氷河を見る。目の前まで氷河が迫ってくる景色は圧巻だ。アサバスカ・フォールから、コロンビア・アイスフィールドを目指すが通り越してしまった。さらレイルイーズに行き、湖に映る山を見に行ったが、曇っていて見えなかった。風も出てきたので、引き返す。ジャスパーを過ぎバンフまで来てしまった。アイスフィールド・パークウェイ(ルート93)を走ったのだが、昔氷河が流れていたような窪地にハイウェイが走っているようなところで、山々もえぐり取られたような形をしていた。山羊や、熊がハイウェイのすぐ側までやってくる。 YH・C$9
6/17 Kamlorps
カムループス 33,288kmバンフ
9時過ぎに出発、バンフからレイルイーズに戻り、写真を撮り、ルート1(トランスカナダハイウェイ)をバンクーバーを目指す。コナモール手前から雨になる。今日はここのモーテルで泊まる。レイルイーズからのロッキー越えは、久々のワインディングロードだったが、あまりきついコーナーも無く時速100kmぐらいでガンガン走れた。景色も良かったのだが、あまり覚えていない。 Motel・C$38
6/18 Vancouver
バンクーバー
33,660km
Vancouver
11時過ぎに出発マクドナルドで食事をし、ルート5をホープを目指して走る。しばらくして雨が降り始める。カムループスからのルート5は湖沿いの道で風が強くスピードが出ない。2時頃ホーブに着く。食事をして、出発、5時前にバンクーバーに到着。時間が1時か戻り、今は4時前になる。今回はYHに泊まる。YHには5人の日本人がいた。一人は、移住しにカナダに来たという。あとは、学生がが二人、自転車野郎が一人、女の子が一人。この時期バンクーバーは万博が開催されていたため、街が少し変わっていた。YHはめちゃくちゃ広く、多くの旅行者が滞在していた。3月10日からアメリカ・カナダを周り、出発地点に戻った。3ヶ月かかった。 YH・C$8
6/19 バンクーバーVancouver 朝、自転車野郎の出発を見送る。ダウンタウンをぶらぶらするが、特に目的もないので、YHに戻ってバイクの整備をする。なんとバルブカバーを壊してしまった。とりあえず、セメダインでくっつけて、バイク屋に急ぐが、既に夕方の6時を過ぎていたため、閉まっていた。夜はランドリーで洗濯。 YH・C$8
6/20 バンクーバー 町外れのバイク屋を電話帳をたよりに探し、バイク屋に行き、バーツを注文
お世話になったシーランドサービス、日本領事館に挨拶に行く
戻って、バイク屋でパーツを買い、その後整備。オイル交換、プラグの交換、オイルフィルターの交換、ブレーキパッド(フロント)の交換
YH・C$8
6/21 バンクーバー ダウンタウンに渡る橋の下に、xxアイスランドというところがあり、たまたま、入って行ったら、マーケットやブティックなどが並ぶショッピング街だった。 YH・C$8
6/22 バンクーバー 今日もバイクの整備。朝からはじめて午後3時までかかった。 YH・C$8
6/23 バンクーバー
33,920km
盗難防止用に、カナダのデパート、イートンでアルミのトランクを買う
以後このトランクに工具類を入れることになした。
バイク屋に注文したパーツをとりに行き、スプロケットダンパーの交換
YH・C$8
スプロケットダンパーの交換
■USA
6/24 Hartline
ハートライン 34,543km
バンクーバーを出発。前回と同じ、国境を通ったのですんなり入国出来るだけ。カナダ・ルート99からアメリカ・ルート5号をシアトルを目指して走る。シアトルの手前から、ルート2号に。高原を登りきると一面黄金色の麦畑が広がっていた。周りは何も無くただ麦畑が200km以上続いていた。途中Wenatchee(ワナッチー)という、スイスのアルプス風の街を通り過ぎて、走れるだけ走り夜10時過ぎモーテルに入った。 Motel・US$19.6
6/25 Butte /ビュート35,058km ルート2号をSpokane(スポーカン)を目指す。スポーカンからルート90を走り、ワシントン州からモンタナ州に入る。Missoule(ミズーラ)からルート90をButte(ビュート)を目指して走る。この辺りはロッキー山脈の続きなのだろうが、あまり険しい山道ではなかった。ビュートの手前辺りから、暗雲がたちこめ、雨が降り始めてきた。ビュートに着いた頃はかなりの雨で、またモーテルに入ってしまった。
オイル・プラス0.5リットル
Motel・$19.6、
6/26 Yellowstone National Park
イエローストーン35,495km
イエローストーンをめざして走り始める。昼過ぎに到着、ここは観光地だ、キャンプ場は人でいっぱい。テントを張る場所も無い。公園内をグルと回り別のキャンプ場に入る。 キャンプ場・$6
6/27 Pinedale
パインデール 35,884km
イエローストーンから、ルート191-89-287-191と走って、Jacksonを目指す。途中のGrand Teton(グランドティトン)は映画シェーンで有名な場所だ。ジャクソンは観光客で賑わっていた、もうかなり暑い。ジャクソンを過ぎてKOAキャンプ場に入る。 キャンプ場・$8.34
6/28 Laramie
ララミー 36,378km
朝8時に起きるが、沢山泊まっていたキャンピングカーはもう出発していた。ルート189-191-80を通ってララミーを目指す。この辺りは西部劇で有名な地名が並ぶ。今日もKOAキャンプ場に入る。ルート80を西に向かうとグリーンリバーからソルトレイクシティに、その手前にはあのツインピークスがそびえている。ララミーの隣の街はシャイアンだ。ララミー付近は、牧場が多く、ブッシュだらけの平原が広がっている。バイクのオイルの減るのが早い。 キャンプ場・$8.34
オイル・プラス1リットル
6/29 Dillon /ディロン36,780km ララミーからルート287を進み、Estes Parkを目指し、デンバーの手前から、ルート34を西に向かう。ロッキーの山頂付近は雨がみぞれになってたき。ルート34からルート70(6)に入り、Dillonのモーテルで泊まる。 Motel・$19.6
6/30 Green Rive
グリーン・リバー 37,292km
アスペンを目指しルート6-24-82と進む。山を淡々と上る、片側はカードレルも無い崖、この辺りは高級リゾート地のようだ。寒くて雨が冷たい。街をうろつくが完全に場違いなところに来た感じだ。食事をしたかったが、先に進むことにした。ルート82-70と進みGrand Junctionをめざす。グランドジャンクションは砂漠の中の街。Green Riveで今日もモーテルに入った。Green Riveのあたりは砂漠でなにもない
Motel6・$23.37、
オイル交換
7/1 Wille/37,910kmSaltLake 昼頃、ソルトレイクに着く。街を見て回るがこれといって面白い物は無い。暑すぎて、バイクを置いて歩き回る気にもならない。ルート80を西に向かい、湖を少し過ぎると、延々と続く直線と、周りに広がる塩・塩・塩。この辺りはリノに近く、レストランやガソリンスタンドなどにスロットルマシーンがある。食事をしに行ったところに、スロットルがあり、1セントから始まり、1・2・10・20セントとアップし、つい夢中になり45ドルも使ってしまった、最終的に200ドル取ったので、しめて155ドルの勝ち。夜中の1時にモーテルに戻ってねた。
※スロットルは1ドルのマシーンで遊ばないと勝てないことがわかった
Motel・$20.28
7/2 Falon /ファロンFalon 山の中はあんなに寒かったのに、砂漠に出ると暑い。ルート93をEly(イーリー)に向かいあのバニシングポイントの道を走り、ルート50をFalonをめざす。
38,534km
Motel・$22
オイル・プラス0.5リットル
7/3 Las Vegas /ラスベカスルート50 ルート95を走りデスバレーに向かう。延々と砂漠を走る。デスバレーには夕方の16時頃着いた。谷に入を降りて行くと、今まで体験したことの無い、暑さに襲われる。走っていると、顔や手が熱い。もろに熱風があたるバイクもはオバーヒートぎみだ。泊まるつもりだったが、暑くて眠れそうもないので、ラスベガスを目指すことにした。夜遅くラスベガスのモーテルにチェックインした。シャワーを浴びて、カジノに遊びに行った。朝までカジノで遊んだ。 Motel・$41
7/4 ラスベガス 朝6時に、モーテルに戻り、寝た。多分、昼頃起きたのだろう。再びカジノに遊びに行く。ずーっとブラックジャックをやった。 Motel・$41
7/5 ラスベガス 39,276km 昼頃、力つきて、モーテルに戻り寝る。 また、カジノに遊びに行く。 Motel・$41
オイル・プラス0.5リットル
7/6 Los Angeles
ロスアンジェルス 39,745km
朝6時に起きて、食事をして出発する。ルート15をロスアンジェルスに向かう。一時過ぎに着いた。思っていたよりも涼しかった。YHは3月に来たときと同じ。16時過ぎにチェックイン、YHには洗濯機があるので、すぐ洗濯をする。 YH・$6.25
7/7 ロスアンジェルス 朝7時過ぎにに起きて、北米ヤマハに行く。3月にお会いしたミゾグチさんに再会。パーツをお願いした。またサービスのカイさんを紹介していただき、バイクの調子をなどから、シリンダーのボーリングをして、ワンサイズ大きめのピストンを入れることになった。ヤマハでバイク屋を教えてもらい、午後はタイヤ交換に出かけた。タイヤの交換とチェーンを買う。YHに戻る途中、有料の洗車上で、洗車した。 YH・$6.25
タイヤの交換
チェーンの購入
7/8 ロスアンジェルス バイクの整備
北米ヤマハの場所を借り、朝9時から夜10時まで工場の一角で作業させてもらった。シリンダーには焼き付いた時のものと思われる傷が4カ所。バルブのイン側のポートにオイルとカーボンがべっとり。夕方17時頃、ボーリングが上がってきたので、組み始めた。夜22時過ぎまでかかってしまった。カイさんはずーっと付き合ってくれた。そうとう迷惑をかけたと思う。慌ててYHにもどる、もう門は閉まっていたし、みんな寝ていたので、ともかく寝る。

ピストンをワンサイズ大きいものに交換、シリンダーのホーニングをヤマハにお願いした。 タイヤの交換・F&R
エンジンのオーバーホール
ピストン&リングの交換、バルブ・バルブスプリングの交換、ステムシールの交換、ハンドルの交換、グリップ左の交換、オイルエレメントカバーの交換、クラッチレバー、ブレーキレバーの交換、プラグの交換、オイルフィルターの交換 。クランクから上の部分の整備が中心だった。
YH・$6.25
大規模オーバーホール
7/9 ロスアンジェルス 北米ヤマハの近くのモーテルに移動することにした。昨日できなかったオイルの交換をする。パーツが少し減ったので荷物の詰め替えをする。 Motel・$20
7/10 ロスアンジェルス/40,110km サウスコースショッピングセンターに行く、銀行で持っていた円をドルに交換する。1ドル168円だった。またバイク整備、リアブレーキパットの交換 Motel・$20
ブレーキパットRの交換
7/11 Phoenix
フェニックス
40,700km
北米ヤマハに挨拶に行くが、誰もいなかった。お礼をいって。出発。ルート10をフェニックスに向かう。夜はカップヌードルをたべた。 YH・$7
7/12 Las Cruces
ラスクルーセス 41,295km
ルート10をエルパソを目指して走る。熱い。エルパソまで後少しだったが、力つきてラスクルーセルのモーテルに入った。 Motel・$23.29
7/13(日) El Paso
エルパソ41,363km
走り始めて1時間もしないうちに、エルパソに着く。YHはホテルも兼ねているようだった。日曜日なので街はひっそりしていた。今日、走っている最中に、長く使っていたグローブを落としてしまった。夕方YHに戻ると早稲田の学生がいた。夜、彼と二人で、徒歩で国境を越えメキシコを見に行く。思っていたよりもかなりひどいところだった。

アメリカで買ったもの。キャンプ用のマット、ランタン、ランタン用のキャンドル、荷物を縛るゴムバンド6本、工具箱、アルミのトランク、空気入れ、ジャッキー、モンキーレンチ、アルミのトレー、オイラー、ジョーゴなど。
YH・$8.63
セントロ=街の中心
7/14 エルパソ メキシコ領事館にツーリストカードをもらいに行く。ツーリストカードをもらったら今日は何もすることが無い。 YH・$8.63
7/15 エルパソ
41,363km
街をぶらつき、YHに戻ってくると、また、ほ日本人の学生が来ていた。オクラホマ大学に留学していると話していた。その留学費用は1年で200万円かかるそうだ。
アメリカ・カナダだけで4ヶ月で34,000km走った。
YH・$8.63
■MEXICO
7/16 Delicias /デリシアスメキシコ
朝から国境越え。入国。街はシウダード・ファレス。ルート45号を走って行ったら、再びゲートがあり、permiso para という、書類が必要だと言われ、国境の橋まで戻れと言われた。戻るとツーリストカードの空欄になにかタイプされた。再びゲートまで行くと、今度は、何も聞かれず、荷物をぽんぽんとたたいたOKという。約2時間無駄にした。チワワで泊まろうと思ったが、泊まれそうなところが無く、先に進んだ。食堂の前にトラックが止まっていたので、食事が出来るだろうと思い、自分もそこに入った。女の子が来て、何かを言っていたが、意味不明。とりあえず、コーラをのみ、何か食べたいと言ってみたが通じなかったようだ。80セント払い、先に進む。ルート45号沿いのデリシアスという街のモーテルに入る。ちょっと高かったがしょうがない。食事をしに行き、風呂に入って寝る。

メキシコに入るとやっと少し話せるようになった英語がまったく通じない。へたをすると食事もできない。ガソリンの本当の値段もわからない。そう、アメリカではほとんどセルフだったが、今度は人が入れてくれる。周りの景色は、戦後の東京を撮影した記録映画を見ているような感じだ。

※メキシコのホテルは安く、コロニアル様式の建物に中庭がある。そこにバイクを置けるので、YHなどは使わずに、ホテルに泊まった。

山道を荷物満載で列を作ってのろのろと走るトラック。後ろから見るとタイヤがグニャグニャとよじれている。真っ黒な排気ガスを浴びて後ろを走っているのは辛い。一気に全部追い越したいのだか、数が多くなかなか抜けない。
Motel・P6893
(1US$=P615から658)
7/17 Durango /ドゥランゴ 朝8:30に起きる。No49をGomez Palacioを目指す。17時ころ着くが、さらにDurangoまで行くことにする。走り始めてしばら、あっという間に豪雨。雨宿りで止まっていた所の横に家があり、家の人が手をフルので入って見たら、テキーラの工場だった。あまーい匂いが立ち込めている。そこでテキーラをご馳走になる。まだDurangoまで120km以上ある。急いでそこを後にするが、雨は小降りにはならなかった。雨の中を走り続け、夜21時ころやっと街に着いた。宿を探している時、水たまりの上を通過したら、何と深くえぐれていた穴だった。前輪から突っ込み危うく転倒しそうだったがなんとか持ちこたえた。もう既に、全身びしょぬれ。モーテルに行くが空きはない、もう一軒行くがそこも空きはない。YHがあるのでそこを目指して街の中を走り回るが見つからない。屋台のおじさんに場所を聞いたのだが、わからない。たまたま買い物に来ていたおばさんが車の後ろに付いて来いと言うので、モーテルまで案内してもらった。フロントのおじさんはいかがわしい顔でこちらを見ていた。すでんずぶ濡れのカッパ姿。しかも東洋人。言葉が通じない。すでに22時を過ぎていた。部屋に入り、買っておいたパンと紅茶で食事。シャワーを浴びて、インスタントラーメンを作って食べた。
めちゃくちゃハードな一日だった。あまりにもわびしい。
Hotel・P5500
6000ペソで約US10ドル。
7/18 Mazatln /マサトラン 42,826km 朝8時に起きて、10時に出発。気づくと、YHのガイドや地図、全部、夜の雨の中で落としてしまった。今日は17時ころモーテルに入る。モーテルではバイクを部屋の中に入れろと勧められる。部屋の中に入れさせてもらい、すぐに整備を始めた。
今日走ったNo.40は山越えの美しいく、ものすごいルートだった。山を越えるとそこは南国。
※多分ここで食中毒になったと思う
Motel・P5500
7/19 Tepic /テピク 朝10時に起きて出発。暑い、街の海岸沿いはリゾート地になっていて街は古く賑わっていた。昼に食べたタコスに当たったか、胃が痛い。急いでTepicの街のモーテルに入り、薬を飲む。このモーテルはとても綺麗なところで、夕食もモーテルで食べることにする。メニューは英語とスペイン語があった。鳥を頼む。ジュース、サラダ、鳥料理で3,330ペソとかなり高額。日本円だと1000円ぐらいだ。下痢と腹痛で苦しい。 Motel・P5800
7/20(日) Guadlajara
グアダラハラ
朝くじに起きて出発。まだ胃が痛い。15時ころ街に着く、モーテルに入って、食事に行く。軽装で出かけたため、帰りに雨でびしょ濡れ。Guadlajaraは大きな街だか、胃が痛く、だるくて、観光どこではない。 Motel・P4000
7/21 La pieda
ラ・ピエダード 43500km
朝9時に起きてチェックアウト。Guadlajaraのセントロにって見た。セントロは目がくらむばかりの賑わい。大混雑。銀行に行き、両替。ツーリストオアィスを探すが見つからない。そうこうしているうちにポリスに子をかけられ、ツーリストオフィスまで連れて行ってもらった。メキシコ全体の地図が欲しかったがなかった。今度は、食事を食べるため、さまよっていたら、またまた、大きな交差点でポリスに話しかけられる。駐車場に入れたいと指をさすと、対向車線の車を止めて、Uターンさせてくれた。さらにパーキングビルの係員に話をつけてくれた。パーキングビルにバイクを置いて、目の前のデニーズに入った。少し高くた、あまりうまくなかった。街の写真を取りたいのだが、その辺にバイクを止めていると荷物がなくなるとポリスが言っていたので、心配で、バイクを止められない。街のロータリーのいたるところに、彫刻やモニュメントがあり、それがとても美しい。残念だか、先に進むことにした。100kmぐらい走ったころ、また雨が降り始めた、カッパを着なければと思っているうちにずぶ濡れ。近くのレストランに飛び込むが、メニューが読めない、適当に注文したら、牛の胃が出てきた、残念ながら食べれなかった。カッパを着て走りばじめ、18時すぎにモーテルに入った。またしても、バイクを部屋の中に入れるように言われ、中に入れた。そしてすぐに整備。バイクのメンテナンス、荷物の管理に追われている。食中毒が治らない、まだ胃が痛い。 Motel・P6060、
7/22 Ca Hidlgo /イダルゴ 朝9時すぎに起きて、食事をしに行く、卵とベーコンとトースト。10時すぎにバイクを外に出して、出発。14時すぎにMOLERIAという街に着く。セントロに行ってみると、美しいスペイン風の街並みだった。セントロ付近はどの街も駐車禁止で、ポリスが監視している。Ca Hidlgoに着き、モーテルに入る。安くて綺麗な宿だ。米ドルにすると5ドルぐらいで、こんな綺麗な宿に泊まれる。アメリカのYHがバカらしく思える。

ついの夜中、食中毒で激しく吐いてしまう。さらに激しい下痢。

※メキシコ道路では、街の入り口辺りに段差が作られ、車のスピードを強制的に落とすように作られている。うっかりスピードを落とさないでいると衝撃で転倒しそうなる。
Motel・P3440、
7/23 Mexico City
メキシコシティ
メキシコシティ・メトロポリタン
朝10時に起きて、最悪の体調の中、メキシコシティに向かう。15時ころやっとメキシコシティにたどり着く。どの辺なのかもわからないが、とりあえずホテルに入り、日本大使館に電話して、日本語の通じる病院を教えてもらった。病院へはタクシーで行く、教わった住所をカタカナ読みで運転手に告げると通じたようだ。日系の医師は、日本の開業医と同じような感じだった。やはり、食中毒。料金は5000M$。尻にペニシリンを打って処方箋をもって、またタクシーで帰る。街の薬屋で、薬を買う。薬は安い。処方された薬の一つは抗生物質だったのだか、一つが1gだった。
この処方箋はその後ずっと持って歩き、中南米のどこの薬局でも使えたので、時々抗生物質を補充した。胃の痛みも収まり少し落ち着いた。
Hotel・P6000
7/24 Mexico Cityメヒコ-ベジャス・アルテス 朝10時に起き、日本大使館に向かう途中、ツーリストオフィスに寄ろうと思ったが、見つけられなかった。またデニーズで食事をして、大使館に行った。日本からの手紙を受け取り、ニカラグアの日本大使館の住所を教えてもらった。そのごツーリストデパートメントで地図をもらい、人類博物館に行って見た。ホテルに戻り、レストランで食事、マリアッチのおじさんに500M$払って一曲歌ってもらった。
Hotel・P6000
体調が悪い。
7/25 Mexico City 朝11時におきる。今日はソカロに行くことにした。その後再び大使館に行く。日本観光協会に行句途中、ゾーナ・ソサ(ピンクゾーン)とかいう高級繁華街には良いこんでしまった。東京レストランという店で食事をした。日本観光協会に行って資料を集めていたら、所長が色々グアテマラの話を教えてくれた。事務所にあった地球の歩き方のメキシコ編を借りて帰って着た。体調が悪い。 Hotel・P6000
7/26 Mexico Cityメキシコ-サンフェルナンド 今日は12時まで寝ていた。起きて食事をして、グアダルーペ寺院に行ってみることにした。古い教会と新しい教会が合わさった、大きな教会。観光気分で行くようなところできなかった。ホテルに戻り、借りて来た地球の歩き方を読んで、今後のルートを決めた。 Hotel・P6000
7/27(日) Mexico City
ティオティワカン
今日は12時まで寝ていた。食事をして、ティオティワカン/Teotihuacanに向かう。ピラミッドは予想を遥かに越える巨体なものだった。太陽のピラミッドは登って見たが、月のピラミッドは疲れて登れなかった。ホテルに戻りバイクの整備、リアサスがかなりへたっている。そのため荷物を支えているステーがタイヤにあたり、傷ついていた。ブラジルまで持つだろうか。 Hotel・P6000
7/28 Mexico City
メキシコシティ
今日は、日本観光協会に借りた本を返し、ホテルに戻って出発の準備をする。

メキシコシティは1985年9月19日の地震で多くの高層ビルが倒壊。1年以上たっていたが、ところどころ壊れたビルがそのまま残っていた。特に上層階が壊れたビルがそのままだった。

この時期、メキシコは雨期。午後になるとザーツと激しい雨が降る。1時間ぐらいで雨は上がる。昼は暑いので、カッパなど持たないで出かけると、必ず雨で立ち往生する。
Hotel・P6000
(やっと回復)
7/29 Poze Rica
ポサ・リカ 45,000km
朝9時に起きて食事をして、出発。山をいくつもいくつも越え、そして南国の蒸し暑い気候の街にたどり着く。モーテルを探したが見つからないのでホテルに入った。16時を過ぎていたが、すぐにオイルを買いに行った。1リットル1000M$、約260円X3。その場で交換。今日の古語に食べた食事は美味しかった。芋を挟んだトルティージャ、芋のスープ、ライスを炒めたもの、ワカと競りを煮たもの、とコーラで1000M$(260円)。
※メキシコシティをすぎて南下して行くと、街に近づくとコントロール(検問)があり、必ず止められパポートをチェックされる。これからずっとこんな調子。
Hotel・P4710
オイルの交換
7/30 Veracruz /ベラクルス 10時すぎに起きて出発。エル・タヒンに行く予定だったが、道がわからず、素通りしてしまった。メキシコの美しい海岸沿いを走ってベラクルスに到着。ここまで3度、有料の橋があった。暑い中ホテルを探し回り、やっと手頃な宿を見つけた。食事をしにポカデルリオを目指し歩き始める。近いと思っていたら、やたら遠く、結局タクシーに乗ってしまった。そこのシーフードレストランに行ったわけだか、それなりに美味しかった。 Hotel アカプルコ・P2400
7/31 Oaxaca /オアハカオアハカ-サントドミンゴ オアハカまでは深い山道、途中はジャングルでスリル満点だ。ジャングルは蒸し暑く、そして深い山道は、とても寒かった。オアハカまで約100km地点で、ガス欠になりそうだった。ホテルに入ってすぐ食事に出かける。街は外国人観光客が多く、ユカタン半島の観光の中心地のよふだった。荷物が重く、さらにリアサスがヘタってきた感じだ、またキヤリヤーの手直しをする。 Hotel De Arbol・P3500
8/1 Oaxaca /オアハカ 10時すぎに起きて、食事に行くが、食事出てくるのが遅く1時間以上かかった。メキシコの時間はゆっくり流れていく。モンテアルバンの遺跡にいく、有料だった。 Hotel De Arbol・P3500
8/2 Tehuantepec
サント・ドミンゴ・テワンテペクミトラ
ミトラ
朝、食事に行くがまた待たされた。トースト、卵、コーヒー、オレンジジュースで1250ペソ、だいたいUS2ドルだ。オアハカを出発し、途中ヤグル(Yagul)の遺跡。、その後ミトラに向かう。R185からR190を進む。今日は風が強く距離が伸びない。Tehuantepecに着く。寂れたホテルに泊まる。むかしはモダンなホテルだったのだろうが客も少なく、壁にはイモリ か、ヤモリかが這っている。天井の扇風機は暑い空気をかき回しているだけ。窓を開けると虫がいっぱい入ってきて、眠れそうにない。
どこの国もいなかに行けば行くほど、人々は親切だ。
Hotel・P2700
記録なし
8/3(日) Villahermosa
ビヤエルモサ
朝9時半に起きて出発。風か強く走りにくい、しかも暑い。Villahermosaに向かう途中の遺跡に寄るはずが通り越してしまった、スコールが降っていたし、とても蒸し暑い。街には17時過ぎについた。それほど大きくないが、まともな感じのホテルに入ったら、高かった。しかし風呂は無くシャワーだけ。レストランの食事もおいしかった。サラダとシーフードの串焼き、コーラとおっとチョコレートムースを食べた。5500ペソ。ここは高級ホテルなのだろう。汚いジーンズにTシャツ姿で入るのは気が引けた。ホテルは大盛況で大勢の人で賑わっていた。ホテルに泊まりにくること自体がレジャーなのかもしれない。こんなホテルでも米ドルにすると20ドルぐらいで、アメリカで格安のモーテル6に泊まるのと変わらない。今日初めてバイクツーリストとすれちがった。1台はBMWでダンデイム。2台はトレールで荷物満載。 ↓Hotel Viva・P12880
8/4 Campeche
カンペチャ
カンペチャ
9時に起きて、食事。カンペチャまでひたすら走る。ユカタン半島にさしかかった辺りから、雲行きが怪しくなってきた。雨が降り始めたが、あまり濡れないうちに街に着いた。
カンペチャは、街の中心にむかしの要塞がきれいに残っていた。要塞に囲まれたところが旧市街。美しい町並みだ。バイクを置けるホテルを探したが見つからず、結局海に面したホテルに入った。それほど高くないだろうと高をくくっていたら、外れた。35,000ペソと言われ、思わず聞き直してしまった。部屋もきれいだし、言うことなしだ。バイクから荷物をとりに行こうと思ったら、外は既に豪雨だった。荷物は雨の中にさらして食事をすることにした。
Hotel プレジデンテ・P16000
8/5 Merida /メリダ46,500km
メリダ
チェックアウトの時に、さらに19,000ペソ払えと言われたと思い、両替したら、どうやら19,000ペソ戻すので、レシーボをよこせと言っていたのだった。つまり、このホテルは一泊16,000ペソだった。

メリダに向かう途中に遺跡による予定だったが、道が分からず迷走。ガソリンも少なくなって来たので遺跡はあきらめて、メリダに向かう。そのうち腹がたってきた。大まかな地図しか無いのでしょうがないのだが、迷走する自分自身に怒りが込み上げてくる。3時頃メリダについた。セントロ(街の中心)をめざして進み、セントロを超えて左に曲がり、もう一度左に曲がったところにバイクを中庭に置けそうなホテルを発見。チェックインして荷物をおろすと間もなく雨が降って来た、雨期なので1日一度は雨が降る

道を探している途中でバイクを倒した。またサイドバックの角が壊れた。もう、自力では、バイクを起こせない、一度、荷物を降ろしてから起こす。果たして、ヨーロッパまでサイドバックは保つだろうか。
Hotel・P2750
8/6 メリダ 午前中に銀行に行き両替、今日はレートがいい。1米ドルが658ペソだった。バイクのキャリアを止めれそうなものを買ってくる。今日は1日バイクの整備をする。エンジンのポートをみたら、またカーボーンがべっとりついている。原因不明。メインジェットも変えてみようかと思い、パーツを確認したら小さなサイズのものしかない。なぜ…。何を考えてパーツを集めたのだろう。12時から17時までかかってしまった。今夜も贅沢な食事だ。フルーツサラダ、シーフードのスープ、ヒレ肉のハム・チーズ包み焼き、プリンにアィスティーで4600ペソ。昼間、荷物を全部出して、濡れている物を乾かした。 Hotel・P2750
8/7 メリダ
ウシュマル
Uxmal
遺跡観光。

60kmはなれたウシュマルに。今まで見た遺跡とは比べ物にならないほど、圧倒的に美しかった。見て回るのに1時間以上かかった。次にカバーの遺跡に行く。サイル、xlapa、ラグナーと回った。xlapaの遺跡には、大きなトカゲがいた。多分イグアナだろう。40cm以上はありそうだ。近づくとと、遺跡の石と石の間にかくれてしった。16時すぎにホテルに戻ることにした。昼間は日差しが強く暑い。遺跡を見て回ると、汗だくだ。
Hotel・P2750
8/8 メリダチェチェンイッツアー
Chichen Itza
遺跡観光。
メキシコでは朝9時前後に起きている。起きて、チェチェンイッツアーを目指すが、ガソリンスタントでオイルに乗って転倒。スロットル側のハンドルが曲がってしまった。スロットルが戻らない。遺跡観光はあきらめてホテルに戻り修理することにした。ハンドルを外し直してくれる店を探したが、見つからなかった。たまたまホテルにあった4mぐらいの水道管が目に入り、それをかりてハンドルの曲がりを直す。アルミハンドルだったので、意外に簡単になおった。次に転んだら折れるかもしれない。既に2時をすぎていたので、Dziblchatunという遺跡に行ってみることにした。かなりの距離を歩き、遺跡を見て入り口に戻った頃、雨が降り始めた。少し雨宿りしたが、止みそうも無い、しょうがなく激しい雨の中、メリダに戻ることにした。メリダに戻ると、街の道路は川のような状態。だから、家は石造りで、道路と歩道の段差を高くしてある。
Hotel・P2700
8/9 メリダ チェチェンイッツアー 遺跡観光
9時半に起きて、チェチェンイッツアーを目指す。途中、休憩できる場所でコーラを頼んだら300ペソだった。どこの国でも観光地価格は同じだ。遺跡は巨大で、見て回るのに3時頃までかかった。メリダ向けて一気にに戻る。戻ってから買い物にマーケットに行った。洗剤、インスタントラーメン二個、キャンベルのスープ二個、ビスケット、メロン一個、ハム、牛乳、コーラ、タッパー、パン三個を買った、これで3700ペソ。約5米ドル。

※タコメーターワイヤーが切れたので以後使用しないことにした。
Hotel・P2700、
8/10(日) Cancun
カンクン
カンクン
朝8時半に起きて、昨日買ってきたパンと牛乳で食事。
メリダからカンクンまでは大きな街は一つだけ。あとは小さな村ばかりだ。
3時頃到着。カンクンは、有名な観光地。始めからYHに泊まることにしていた。YHはやたら広く、一つのブロックに16人泊まれる。
夕食は近くの日本食レストラン「島」に行ってみた。お茶を頼んだがお茶の味がしない。刺身を頼んだら貝、マグロ、白身の魚、それにカニカマボコが出て来た。刺身のあとサラダとみそ汁がでてきた。その後鉄板焼きの開始。野菜、肉を焼くがヒレ肉はレバーのような味でまずい。やたら塩っぱい。タレが二種類あり、一つはポン酢のようなレモンと醤油を混ぜたもの。まずくて食べられない。もう一つはみそダレ風だが、変な味。もやしをバターで炒めてしまう。高くてまずくて、悲しい夕食。
毎回思うのだか、観光地で安宿に泊まると、ろくなことが無い。
YH・P1310
8/11 カンクンカンクン 朝食を食べ、ビーチに行ってみたが、誰もいない、みんなどこに行ったの ?
することも無いので、高級ホテルが並ぶ地区にウィンドウショッピングに出かける。昼過ぎまたビーチに出かけるが、誰もいない。少し泳ぎ、シャワーを浴びる。

※YHは日常的に断水状態。朝一番の便所は、水が流れないため、うんこであふれている。
YH・P1310
8/12 カンクン 朝9時に起きて、YHの食堂で食事を食べる。スクランブルエッグとパン二枚、カルピスのようなすっぱい飲み物で575ペソ。遺跡観光に出かける。
170km走りトウルム、コバーに行く。コバーの遺跡はジャングルの中にある。手前にちょっとした湖がある。入ってすぐにピラミッドがあったが崩れて形をとどめていない。奥へ奥へ行く道があったので行ってみた。だけど何も無い。途中で見かけた二人の少女がとても不気味だった。一人は木の枝にオウムを乗せていた。道の周りには10cm以上もある芋虫がびっしり張り付いた木が並んでいる。始めは木の模様かと思った。
夕食はYHで食べる。ポテトとツナのサラダ、白い飲み物、パン二個、小豆をすりつぶしたスープで約1米ドル。夜にナルト観光バスがやってきて、宿泊客で溢れる。
YH・P1310、
8/13 Chtumal
チェトゥマル
朝8時に起きて、またYHの食事。本当は475ペソなのだが、お釣りがないとかで760ペソとられた。雨が降りそうだったが、暑いのでカッパを着ないで走り始めたが、雷が鳴り始めたので、しょうがなくカッパを着る。街の手前のジャングルの一本道でメキシコ軍に止められる。なんやかんや言われ、荷物を検査している。とりあえず国際免許を見せた。後は、何を言われても知らないと答えて乗り切った。Chtumalについたのは3時すぎ。雨が上がったばかりの街は、じめじめしていて、しかも昼寝の時間。店は閉まりひっそりしていた。バスターミナルのそばの安宿に入る。荷物を置いてすぐ、ホテルのそばの食堂に入るが、スペイン語しか通じない。何を食べたらいいのか分からず、pollo……と書かれているものを頼んだら、肉と野菜のスープだった。トルティージャが付いていた。美味しかった。今夜は下痢に悩まれそうな感じがする食堂だった。疲れていたのか5時過ぎに寝てしまった。夜に目が覚めたので、洗濯をした。 Hotel・P2900
8/14 Chtumal
48,325km
朝早くから、部屋の前の駐車場から車を出す音がうるさくて目が覚める。メキシコの車は、マフラーを替えていたり、壊れていたりでやたらうるさい。バスターミナルに朝食を食べに行く。トースト、卵、ベーコン、ミルクコーヒーと、だいたいいつもと同じだ。メキシコではペーコンを頼むと小間切れにして卵と混ぜたスクランブルが出てくる。ミルクコーヒーはミルクにお湯を入れたものがでてきら、テーブルの上のインスタントコーヒーを入れて、ミルクコーヒーの完成。
今日は、バイクの整備をする。スタンドの補強、チェーンの調整、バルブクリアランスの調整、プラグの交換、不要になったタコメーターの取り外し。
夕方、おなかがすいたので、昨日の食堂に入る、今日は人の食べてる物をさして注文。鳥の焼いたものと、コーラにトルティージャで腹一杯で800ペソ。ホテルでぼーっとしていると、激しいスコール。
Hotel・P2900
プラグの交換
8/15 Francisco
Escarcega /エスカルセガ
荷物をまとめ、パレンケを目指して走り始める。何度が軍の検問にあったが、無事乗り切った。途中、休憩で泊まった場所が悪かったのか、パンクした。メキシコは、路肩にいろんなものが落ちている、バイクを止める時はいつも注意していたのだが、よりによってこんなところでパンクだ。ジャングルの一本道。反対車線にバイクを止めて、荷物を降ろしてパンク修理。ガラスが刺さっていた。ガラスを抜いて、プラグを入れた。街まで走り、ガソリンスタンドで確認すると、傷が大きく空気が漏れていた。ホテルに入り、再度修理するが、タイヤを外して裏から直す必要がありそうだった。

タイヤを外すのは大変だった。なかなか外れない、そのうち雨が降り始め、雨と汗がが眼鏡を曇らせる。タイヤを外すのに3時かもかかってしまった。裏からパッチをはってタイヤを組み込むが、ここでコンプレッサーが無いとミミが出ないことに気づく。悲しすぎる。20mぐらい先に車のタイヤの修理屋があり、そこまでタイヤを転がして持って行きエアを入れた。ホテルに戻って組もうとしたら、まだ空気が漏れている。チューブレスタイヤ用のちゃんとしたパッチが必要なのだろう。途方にくれていてもしょうがないので、パンク修理用のプラグを二個入れてみた。もう夜7時、とりあえず、これで様子をみることにした。もうへろへろだった。体力勝負だ。

こういうことが起こる度に、自己嫌悪に落ちる。最大の注意力、決断力、判断力が全てを決めてしまう。曖昧な自分にうんざりだ。不用意にバイクを路肩に止めなければ、こんな無駄なことをしないで済んだのに。それに、せめてチューブくらい持ってくるんだった。
Hotel・P4500
8/16 Palenque /パレンケ パレンケ 朝起きて、パレンケまで、だましだまし走った。昼頃、村に着いた。タイヤを修理するか遺跡を見に行くか迷ったが、タイヤを修理することにした。店を覗いて、修理用具を探しが、無かった。車のタイヤの修理屋に行ってみたら、少し英語の話せる兄ちゃんがいたので、修理できるか聞いてみた。今は停電中なので2・3時間後に来いという。その店での修理は、小僧が行い、最初は裏にパッチを這っただけだったが、この店の主人らしき人が戻ると、小僧に何か文句を言ってから別のへそ付きのパッチで直してくれた。タイヤをホイルに組み込んだ後、タイヤが逆向きに着いていた。前も後ろも同じパターンのタイヤだったので、もういいことにしにしてしまった。これだけやってもらって1500ペソだった。 Hotel・P5000
パンク修理1500ペソ
8/17(日) パレンケパレンケ 遺跡観光へ。
遺跡までは10kmぐらいある。山の中腹に遺跡があり、最初に大ピラミッドが目に飛び込んでくる。遺跡を一回りし、大ピラミッドに上ってみた。頂上から、ピラミッドの奥に階段が通していて、降りて行くとあの有名なレリーフが置かれている部屋がある。部屋一面に棺のようなものが置かれ、そのふたにあるのが宇宙船を操縦しているように見える有名なレリーフだ。今日泊まったホテルに何人かの職人が土産用にこのレリーフを彫っている。ホテルにもB全版ぐらいの大きさの完成品が置かれていた。風邪を引いたらしく、熱と汗で、寝苦しい。
Hotel・P5000、
8/18 Comitan 風邪で寝込む

朝から熱がある。パレンケを出発すると、延々と続く砂利道、そしてダート。Comitanに4時頃到着。この先の国境まで行けばホテルがあると思い、さらに85km走った。行ったら国境には何も無く、グァテマラに続く山道が続いるだけだった。街まで引き返すことにした。熱でモウロウとしている。必死で走りComitanに戻りホテルに入る。ホテルの横の薬局でメキシコの風邪薬を買う。薬局には、お姉ちゃんがひとり、暇そうにしていた、赤く塗られたマニュキアはもう所々はげていた。部屋に戻り薬を飲んで寝る。
Hotel・P3600、
8/19 Comitan 風邪で寝込む
この街は、山岳地帯にあるので、涼しい。店は3時ころで閉り、午後はひっそりとしている。セントロのベンチにじっと座っている老人、銀行の入り口の横に座り込む足の悪い男、あちこちにたむろする目つきの鋭い少年達、菓子やくじを売る少年、きれいに敷かれた石畳、いつ替えたかわからないテーブルクロス、商品も無いのにキャノンのポスターが目につく。ここを過ぎればメキシコも終わり。
Hotel・P3600、
8/20 Comitan
49,378km
夕方から、若者が街に繰り出し騒ぎ始める。夜8時を過ぎているのに外は賑やかだ。ホテルの窓から山の方を見ると雷が光っているが、街には近づいてこないのだろう。夜空に光る閃光が観ように美しい。教会の白さがひときわ白く見える。店の売り子は、仕事とは言えないような時間を夕方まで過ごし、そして夜に華やぐのだろうか。国境の街は、死んだような昼間とはうって変わり夜になって賑わう。メキシコの夢は夜開くのか。 Hotel・P3600
Guatemala
8/21 HuehueTenango
49.456kmバス
メキシコから先、入国時に記載するバイクの書類は全てスペイン語。同じことを毎回記載するので紙に書いたメモを常に持ち歩いた。

朝8時に起きて食事。国境でバイクで入国時に発給されるパスがないとかで、もめる。国境を越えると最初にパスポートにスタンプを押され、3米ドル取られる。残っていた1800ペソを国境ふきでたむろしている両替屋に渡すとQ7.2になった。バイクでの入国パスはQ12だった。さらに20米ドルを両替して、先に進む。1時すぎに到着。ここまで深い山道をぬって走ってきた。セントロ近くのホテルに入る。荷物をおろし、食事に行く。鳥の唐揚げにサラダとフライドポテト、バナナのデザートのセットでQ3.2だった、安い。
入国税U$3とバイクU$5
ホテル・Q4.7
(U$1=2.5Q)
8/22 Panajachel
パナハッチェル
パナハッチェルは観光地で、宿には、多くのパックパッカーが集まっていた。ホテルも高い。そろそろ、チェーンやダンパーが終わりそうだ。道を走っているとオオムを木の枝にのせ、走ってくる車に向け、売っている子供をなんども見かけた。 ホテル・Q17.6
8/23 Chichicastenango
チチカステナンゴ チチカステナンゴ
朝から雨で、カッパを着て出発。街に入ると、子供が走って近づいて着た。どうやら宿の客引きのようだ。子供の後について、安宿に入る。
チチカステナンゴは、毎週木曜と日曜に開かれる市場で有名。マヤのキチェ族の文化が色濃く残る町とされている。ここにも多くのパックパッカーが集まっていた。
ホテル・Q2.3
8/24(日) Guatemala City
グアテマラシティーチチカステナンゴ
朝食を食べ、街の中を歩き回り観光。その後ホテルに戻り出発。山をいくつかこえ、山の下の方に広い平野が見えて着たら、グアテマラシティー。途中マクドナルドを見かけたので入って見た。ビックマックとコーヒーとポテトでQ3.25だった。グアテマラシティーは広く、ゾーナ1になんとかたどり着いた。ガイドに乗っていたホテルに行って見たらQ8だったので、パス。5aAvを走っている時、手頃なホテルを見つけ、中庭にバイクを置けそうなので、値段を聞いたらQ5.85だったのでここに泊まることにする。10日ぶんのQ58.50を払う。外に出て6aAvに行って見たら、ここが繁華街のようだった。 ホテル・Q5.83
8/25 Guatemala City 朝8時半に起きて、食事をして、日本大使館に行くことにした。ゾーナ1からゾーナ4までかなり距離があった。ここから先の話を聞いた。ホンジュラスはなんともないがドロボーが多い。エルサルバドルはパンアメリカンハイウェイ以外では入出国手続きを係官が知らない可能性があるらしい。また軍が抑えているのは各村々で、途中はゲリラが多く、ゲリラと軍の見わけがつかないらしい。大使館を出て、ベネズエラ大使館に行った。かなり遠くたっぷり歩いた。航空券がないとビザは出せないと言われる。帰りはバスに乗った。ゾーナ1に行くバスを教えてもらい、無事帰宅。ヤマハの代理店に行きパーツが欲しいと言うと、親身になってパーツを出してくれた。チェーン、タイヤ、ハンドル、スプロケット、リャショックなどで、ハンドルはRZV500Nの純正といわれる、ちゃっちい物。タイヤはSRの旧型に付いていたBSを購入。タイヤは明日交換してくれる。 ホテル・Q5.83
パーツの購入
8/26 Guatemala City
48,793km
バイクの修理。ヤマハの代理店で購入したパーツの交換。バイクを預けて、日航の代理店に行く。ティカルへのツアーは明日行けると言うので、行くことにする。 日航でこれから先の話を聞いた。ホンジュラスは、走れるらしいが、それから先は無理ライしい。ニカラグアはガソリンが配給出そうだ。コロンビアまでは航空券が280米ドル、航空貨物が700米ドルだった。
バイクの修理が終わったのは17時すぎ。
ホテル・Q5.83、
8/27 Guatemala City 朝5時に起きて、飛行場に。ティカル遺跡のツアーに参加。グアテマラシティーからは飛行機でティカルへ向かう。バイクは飛行場に置いていった。ツアーはアメリカ人と一緒だった。ツアーから戻ってくると、アメリカ人がゾーナ1のシェラトンホテルまで乗せてくれと言うので、乗せて行ったが、ゾーナ1にはシェラトンはない。人に聞きもゾーナ4にあることがわかり、乗せて行った。彼の止まっている部屋でQ115だと行っていた。彼と食事に出かけることになり、ゾーナ1の中華に入った。彼の名前はボブで証券マンだと言っていた。 ティカルツアー
小型機でティカルへ、U$100
8/28 Guatemala City 朝起きて、マクドナルドで食事。今日は荷物の整理。グアテマラシティーは、山の頂上を切りとったような台形の上の方にある。だからちょっと走ると深い谷があったりする。 ホテル・Q5.83
8/29 Guatemala City 今日もマクドナルドで食事。整理した荷物で不要のものなどを日本に送るため、郵便局に。聞いていた通り、荷物を送るのに半日以上かかった。 ホテル・Q5.83
8/30 Guatemala City とりあえずバイクを送る代理店の場所の確認のため、ゾーナ13に行った。今日もあまりすることがない。 ホテル・Q5.83
8/31(日) Guatemala City バイクを送るための準備をした。 ホテル・Q5.83
9/1 Guatemala City バイクを代理店に持ち込み、航空貨物でコロンビアに。
バスでゾーナ4にある日本大使館に行く。 しかし、この飛行機がサンアンドレス

島経由だとは知らなかった。
日航の代理店は、メキシコの日本観光協会で教えてもらった、日本人がやっている旅行代理店。
ホテル・Q5.83
バイクの空輸
9/2 Guatemala City もうバイクを送ってしまったので、することもない。ゾーナ13にある博物館に行ってみる。1時間ほど見て、タクシーでセントロに戻る。タクシーは高くQ30だった。 ホテル・Q5.83
9/3 Guatemala City 宿を変えた。チェックアウトし、シェラトンに泊まることにした。ここの一泊分で、安宿23日泊まれる。 ホテル・Q389.3
9/4 Guatemala City 日光の代理店が航空券を手配して頼んでいたのだか、エアサムのオフィスで予約の確認をしたら、予約が入っていないと言われる。明日出発のはずが。どうする。歩いて航空貨物の代理店に料金を払いに行ったら、現地通貨でしか受け取れないとか言われ。別の係のおばざんが米ドルでもいいいと行ってくれたが、レートが安い。1米ドルQ2.5だと言う、しかし最近はQ2.95だと食い下がると、Q2.8で両替できた。すでに17時を過ぎていて、外は激しい雨。バスに乗るしかなく、適当なバスに乗ったら、やっぱとんでもないところにきてしまった、またバスを乗り継いでゾーナ・ウノ行きに乗ったがまたとんでもないところに来てしまった。再びバスに乗り、やっとの思いでホテルにたどり着いた。すでに19時を過ぎていた。

誰かの紹介とかで、航空券などを手配すると失敗する。結局全部自分でやらなければダメなのだ。
ホテル・Q389.3
■COLMBIA
9/5 サンアンドレス島
49,987km
朝、起きて、ホテルのクラークツアーで飛行機の予約をしようとしたら、今日か月曜日しか便がないと言われ、今日の便を調べてもらったら、予約が入っていると言われる。なんなんだこの適当さは。
決局ここで航空券を買うことにした。片道Q690をQ826で買うことになる。航空券を買うために、先に航空貨物の代理店に行き、パスポートとビルオーダーを取りに行った。戻って航空券を買い、ホテルをチェックアウトし飛行場へ。
それでも空港には11時すぎに着いた。飛行機は13時の便だが、
14時にグアテマラを出国。直接コロンビアに向かうものと思っていたら、途中、コスタリカに寄った。みんなが降りたので自分もあとを着いて行った。30分後に出発、コスタリカからの乗客が多かった。17時過ぎにサンアンドレス島に到着。入国カードを書いてとりあえずコロンビアに入国。空港のインフォメーションでホテルと両替レートを聞いた。今の時間は18時で時差があった。
両替できず、どうするか考えていたら、タクシーのにいちゃんが声をかけて来た。このにいちゃが途中で両替できる電気屋に寄ってくれた。40米ドルでC$8,000になった。インフォメーションでは1U$=C$197と言っていたのでそれよりレートがいい。なかなか空いてる宿がみつからなかったが、タクシーのにいちゃんが着いて来てくれ、なんとか宿に入れた。タクシーのにいちゃんには3U$渡したら、とても喜んでいた。
この島全体が免税のため、多くの人が電化製品を買いにきていた。つまり飛行機は、ここによるのが目的だったのかもしれない。ホテルの部屋は家電製品の段ボールであふれていた。蒸し暑く、何もすることがない。
乗り換えのため、宿泊
Hotel・C$1900
(U$1=193.97)
9/6 サンアンドレス島 起きてすぐ、エアサムに出かけ、予約の確認をしに行った。街をぶらつく。 Hotel・C$1900
9/6 サンアンドレス島 ホテルからタクシーで飛行場に向かう。14時の便だが、飛行機が実際に出発したのは夕方。なんてこった。8時間以上、何もない空港で待たされた。19時過ぎにやっとBarranquilla着いた。はホテル探しもできそうにない、カスタムの係員にホテルを聞くと三つ教えてくれた。同じ飛行機に乗り合わせた乗客がプラドに行けと行っていた。高そうな名前だ。そのHotelへタクシーで行った。かなり距離があった。行ってびっくり、高級ホテルだった。超が付くくらい。身なりに見合ったホテルを紹介して欲しかったなー。ベルボーイが出て来て荷物を運んでくれた。プラドは一泊C$8952。 航空券、280ドル

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